第14話桜貝
夏の暑さがまだ残る、だけどもう夏じゃなくて秋が始まったばかりの頃
「園田さんはバラ園って興味ある?」
チケットがあるんだけどって竹田君に誘われた
興味は無いけど
「少しあるかな」
そう答えた。図書館以外で会うのは遊園地以来で、二人でどこかへ行くのは初めてだった
竹田君とは図書館で会う日は続いていた。料理のレパートリーが少しずつ増えていくのは嬉しかったし、竹田君は大抵何でも美味しいって食べてくれるのも嬉しかった。それから好きな本の話を出来る相手がいるのは楽しかった。竹田君は私が薦めた本は大抵読んでいたのにはびっくりしたけれど。時々悔しくて図書館ですぐには借りられない新刊本を買って持って行くと
「もう読んだんだ、今日借りてもいい?」
喜ばれてしまうだけだったけど
バラ園は電車を乗ればすぐの場所にある
結構大きくて、入場料も高いのだけど
「野田に券をもらったんだ、園田さんと行ったらって」
シーズンにはまだ早かったらしくバラは咲いていなくて緑の公園だった
竹田君ちょっと残念そうだったけど、私は
「バラにそんな興味があるわけでもないから、それより人が全然いないし、なんか貸切みたいだよ」
広い園内にほとんど人がいないのが気持ちよかった
そう考えると今日来て良かったかもと納得する竹田君は、バラの種類の多さに
驚きながら歩いている
「野田君もシイナと来ればよかったのに。シイナ喜ぶのに」
「山野さんは年間パスポートっていうのを持ってるんだって」
「そうなんだ、知らなかった」
野田君にもパスポートを買わせたんだろうか、それとも野田君は自主的に買うんだろうか?
園内は迷路のように道が分かれていて、いろいろな種類のバラが栽培されていた
どのバラにも名前と簡単な説明が書かれているので二人で読みながら歩いた。あんまり竹田君が熱心に読むのを見るのも面白かった
しばらく歩いているとバラのトンネルの道を見つけた
花が咲いていればきれいな花のトンネルになるんだろうけど、今は緑のトンネルが続いていた
「これだけのバラの手入れってきっとすごく大変なんだろうなあ」
竹田君はすごく感心している
トンネルの途中にベンチが並んでいた。
歩き続けていたので、ちょっと座って休憩することにした
緑のトンネルの中は陽の光りをさえぎって、気持ちよかった
しばらく何も話さずにぼんやりしていた
竹田君とこうしているとほっとする
「園田さん、今日はどんなお弁当を作ってきたの」
「今日は、まあ食べる時のお楽しみってことで」
そんなお楽しみというほどでもないんだけど
「うん、楽しみにしとこうかな。いつもありがとう」
にこにこと言われると少し照れる
竹田君はいつだってほんわかしていて、怒るところが想像出来ないけど、きっと私の知らない竹田くんもいるはずだ。竹田君の知らない私がいるように
「まあ作るの嫌いじゃないし、竹田君はなんでも美味しいって言ってくれるから作りがいだってあるし。それよりさっきソフトクリームのワゴンが出てたね、バラのソフトってあったよ、後で食べてみる?」
花びらとか入ってるかなって考え出す竹田君
隣に座る竹田君は私との間に大きなリュックを置いている
「開けてもいい?」
ずっしりと重そうなので、中身が気になって聞くと、いいよって見せてくれた
「わあ、いっぱい入ってるね」
本が何冊も入っている。詰め将棋の本にパズルの本。大学で使っていそうな教科書らしいものまである。ノートまである・・バラの勉強までするつもりだったんだろうか?
「あ、これ」
「あ、それは・・」
奥にあったのはバラの小さな図鑑だ。図書館のシールが貼ってある。パラパラとめくると、いろんなバラの写真が鮮やかに載っていた
「花を見ながら、いろいろ説明出来ればって思っていたんだけど、残念ながら葉っぱばかりで」
そう言って、図鑑をめくって
「これ見たら園田さんが喜ぶかなって思ったんだけど・・」
開いたページには
桜貝の名前のバラ
「へえ、桜貝なんて名前があるんだ」
ピンクの可愛いバラだった。花言葉は上品とか気品とかしとやかとか温かい心とか美しい少女に輝かしい・・・って、うわあ、私とは違うなあ
「可愛い花だよね」
のぞきこんできた竹田君の顔が近い。眼鏡の奥の目はバラの写真に集中してたけど、私に見られていることに気がつくと、ものすごいのけぞられた
「あははは」
ごめんって言いかけた竹田君がびっくりするぐらい笑ってしまった
「だって竹田君、おかしな動きするんだもん、すごいびっくりするし。竹田君ってすごい早く動けたんだね・・って言ったら失礼だよね、ごめんさない。だけどいつもゆっくりなのにすごい、いきなりばばって!あははは」
「そんなに笑わなくても・・・園田さん笑い過ぎだよ」
恥ずかしそうな困ったような竹田君
「ごめん、でも竹田君のそういうところ面白くって好きだなあ」
そう言ったとたん
すっと
一瞬で竹田君の雰囲気が変わったのがわかった
ほんの少しの間があった
「僕は・・ずっと」
ああ告白される
「園田さんが好きだよ。ずっと一緒にいたいって思ってる」
本当は、その桜貝の前で伝えたかったんだ
そう言った竹田君は
「図鑑の写真の前・・いや上でになっちゃったけど」
にこっと笑う
「僕は図書館で園田さんと話をするのがいつもとても楽しかった」
「お弁当もあったし」
「いや、お弁当が無くたって、何も無くてもて僕は園田さんと会えるだけでよかった」
真っ直ぐに目を見て話す竹田君から体ごとそらしたくなるけど
ちゃんと話そうとしてくれる竹田君から目をそらしちゃダメだ
「その・・野田が、園田さんには誰か好きな人がいるかもしれない。そう言われて
僕はその、園田さんが他の誰かと楽しそうに話している場面を想像したら」
リュックの向こう側にいる竹田君はゆっくり喋った
きっとシイナがモモさんのことを野田君に喋ったんだろうな
あんなことを言ってなければ、今こんなことになってなかったかもしれない
「僕がその誰かだったらいいなって思ったんだ。だけど」
「だけど?」
「僕の気持ちを園田さんが重荷に感じるなら言わないほうがいいんじゃないかと
悩んだ。だけど僕は園田さんが好きだ。園田さんが他の誰かを好きでも僕は君が好きだ」
竹田君と一緒にいると楽しい
私を好きだと言ってくれて
竹田君となら、私は穏やかな時間が過ごせて
梅兄のことも遠い過去に出来るのかもしれない
苦しい想いが消えてなくなるかもしれない
梅兄への気持ちは
竹田君で塗りつぶしてしまえばいい
私は重いリュックをベンチの端に置いて竹田君のすぐ隣りに座りなおした
「私も竹田君といると楽しい」
竹田君は何か言いかけて止めてしまった
その代わりにそっと自分の手を私の手の上に乗せた
「ずっと園田さんにふれてみたかった…」
冷たい手だった。緊張してるのが伝わってきた
「園田さんが好きだ」
真っ直ぐな目
真っ直ぐな声
後ろめたい気持ちに首根っこを引っ掴まれた気がした
今ならまだ断れる
梅兄を忘れられるわけがないと声が聞こえた
「私も…」
浮かんだ気持ちは沈めてしまおう
いつもしているように
「竹田君が好き」
私に優しくふれてくれるこの人を
ずっと好きでいよう
その時は本当にそうしようと思った
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