第12話おつまみ

1年生の夏まで、私は週二日ほど近所の和菓子屋でバイトをしてた

店番といってもお客さんはあまり来ないけど

お喋りにくるおばさま達は毎日どこから湧いてきたと思うぐらい

たくさんやってくる

私の仕事の半分はおばさま達にお茶を出して

世間話に付き合うことだった


「実習とやらが終わったら、また来てくれていいのよさくらちゃん」

和菓子屋さんの奥さんには引き止められたけど

「すいません」

ちょっと申し訳ないと思いながら丁寧に断った


おばさま達のお喋りにこの先ずっとお付き合いするのを想像したら

想像しただけでちょっと疲れたから


実習が終わったら、新しいバイトを探さないとなんて思っていたら

「さく、琴音さんの店を辞めたって聞いたけど」

琴音さんは和菓子屋の奥さんだ

辞めるって言った日に楓さんにもう伝わってる

おば様達って早いなあ

「うん、ちょっと違うバイトもいいかなって思ったから」

「何も決まってないなら、九月の末ごろからなんだけど

ちょっと助けてやってくれないかい?」


楓さんが言うには、モモさんの祖母のとらさんが検査入院をしていたんだけど

手術をすることになって、それが九月末を予定していて

そうなるとモモさんのお母さんは病院の行き来で忙しいから、代わりにお店にいてくれる人を探しているんだそうで

「また、店番かあ・・」

うーんってなる私を

「なんだい、さくは冷たいねぇ、こんな時は助け合わなくっちゃいけないんだよ

とにかく出来そうならやってあげなよ。あたしもちょっとお金は援助してあげるからさ」

その一言でOKした

「まあとにかく、桃田さんちには言っとくからね」

こうして新しいバイト先がすぐ決まってしまったのだった



「それって、チャンスというかラッキーじゃないの?」

夏休みもそろそろ終わりにさしかかる頃、シイナの家で四人集まってのお泊り会をやった

シイナは夏らしい貝や可愛い人魚が泳いでるピンクの可愛いロングワンピースだ

山ちゃんはTシャツにパンツがなんだか

「ステテコっぽいね」

そう言うと

「メンズのステテコだよ、これ。涼しくていいんだ」

薄い水色の麻生地は見た目も涼しそうだ。ヒメと私はチェック柄のごく普通のパジャマ


シイナの部屋は白い壁に花の写真がたくさん飾ってあって

棚には花も活けてあるし花の写真集も飾ってある。花柄のクッションもたくさんあった。

昔からほんとに花が好きだなあ

「ねえ、さく。モモさんに告白しちゃいなよ、チャンスだって」

「竹田君はどうなるの?なんかさ、さくってすごいあいまい」

ヒメが言うと山ちゃんも

「確かに、竹田君はモモさんがだめな時用みたいというか

それだと、竹田君がかわいそうだよ」

「だめな時って、そもそも付き合ってないし、モモさんにも言わないし」

そう言ったら三人になんでって突っ込まれる


ああもう

竹田君が好きって言えばよかった

よくないか・・


「だから、そんな勢いでとか、言っちゃえばいいじゃんとかで

言えないでしょ」

「勢いでしょ、恋愛なんて」

「言っちゃっていいじゃん。さくは考え過ぎ」

「当って、パーんって砕けちゃっていいじゃん」


あたしたちは乙女だよ!怖がってたら何も始まらないでしょ

勇気ださく!とヒメに背中を叩かれた


人の恋路には乙女は無責任だ

まあ、すっかりおつまみにされてしまってるのだけど


テーブルにはジュースと持ち寄ったお菓子

来年そこにあるのはお酒になるんだろうな

その頃には何か変わってるんだろうか


「とにかく、今はしない、なんにもしない。モモさんちはおばあちゃんが入院するのにそんなの言えないよ」

じゃあ、元気になったら言わないとだめなんだろうかと頭によぎったけど、その時はその時だ

「おばあちゃん、どこが悪いの?」

シイナに聞かれたけど、私も詳しくは知らなかった。楓さんは

「年取ったら、どこかしら悪くなるからね。あたしは特別だけど」

元気過ぎる楓さんだって私が小さい頃に比べたらずっとおばあちゃんになってる。生きてる限り年をとるのは当たり前だけど、楓さんがいなくなるのは想像できないし、想像なんてしたくなかった


「それより、シイナは野田君とはどうなの」

話をそらしたい


「野田君と・・この間キスした」

いつの間にって言おうとしたら隣で山ちゃんが

「ほお、接吻かあ」

なんて言うから吹き出してしまった

「接吻って響きが好きなんだよ、接吻の吻って唇って意味があって、唇に接するで接吻。キスよりもちゃんとした感じがして好きなんだ

それより、いつしたの?」

私も気になる


「ええと、観覧車の上でかな・・」

おお、べたな場所!でもいいねえなんて、納得してる山ちゃん

「それってさ、野田君で何人目とかだったりする?」

ヒメに聞かれて

「えー、何人目って・・それ聞く?」

「いちばん聞きたい」


二人目と言って、シイナは私にごめんと言った

だから一瞬梅兄とキスしたのかと思ってしまって、動揺してしまう

「高2の時に、ちょっとだけ塚本君と付き合ってたの、ごめん」

「塚本君?」

ぴんと来なかった

「誰それ?」


ええーっ!覚えてないの?バスケ部の塚本くんだよー

「塚本君ってちょっといいなって、さく言ってたじゃない

その頃実は・・付き合ってて、なんかもうさくには言えなくなっちゃって・・」

「ああ!」

思い出した、あの塚本君か。誰か好きにでもなれれば梅兄のことから離れられるかと思って、適当にシイナに言ったことが確かにあった

全然覚えてない私にシイナはがっくりきたらしかった

「なんだ、その程度だったんだ。さくが男子の話をするなんて、珍しいし、それでってわけじゃないけど、なんかだんだん塚本君とぎくしゃくしちゃって、結局ダメになったのに・・」

ぶつくさ文句を言われた

ああそうか

あの頃のシイナとはクラスが違うのもあったけど、なんとなく少し距離があった時期だった

「シイナ、ごめん」

それはちょっと申し訳ないというか・・


「それはさくのせいでなくても、そのうちだめになったって」

女子は彼氏優先の生き物なんだから、さくはきっかけだったかもしれないけど、原因じゃあないよと山ちゃんが言う


「それはまぁ、そうなんだよね。塚本君のことも今の今まで忘れてたぐらいだし…」

それからとシイナは照れくさそうに続けた

「塚本君も私も初めてだったから、顔を少し傾けないと鼻がぶつかっちゃうとかわからなくって、くすくす笑いながら怖々したの」


へえ、可愛いね

別れたのにちょっといい思い出になってるんだ

ちょっと羨ましいな


そんな私達の声にシイナは嬉しそうに

「ふふん、いいでしょ!

…だけど野田君とキスした時は、大人のというか

とにかくすごいドキドキしちゃった」

「それは、もちっと詳しく話さなくっちゃあね」

「せっかくだからがっつりのろけちゃいなよ」

なんて山ちゃんやヒメに突かれているシイナを見ていたら


羨ましかった


私の気持ちは誰にも言うことはないし

いいねって喜んでもらえることもない


誰かに話せる恋だったら私も

こんなにも幸せそうな表情になれたんだろうか

























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