第11話夏風邪

嘘を付いたら罰が当った


つまらない嘘をついてすぐに

私は夏風邪を引いて寝込んでしまった


「夏風邪は治りにくいからねぇ、しっかり寝るんだよ」

喉が痛くて関節もぎしぎしで

楓さんにうなずくことすらつらい


外ではセミがわんわん鳴いてる

何匹も鳴くからすごくうるさい


八月末には大学にレポート持ってかなくちゃ

九月始めの実習先の幼稚園はどんな先生がいるんだろう

そうだ、あとピアノの試験もあるから佐藤さんのおばさんに頼んで

教えてもらわなくちゃ

そんなことをうつらうつらしながら考える


来週までには治さないと

シイナの家でみんなで泊りるのに

行けなくなるのは嫌だなあ


竹田君のにこっとした顔が目に浮かぶと

なんだかほっとして


すっと眠りに落ちた


夢をたくさん見た

だけど

苦しくって目が覚めたら一瞬で忘れた

全身びしょびしょに汗をかいててすごく気もちが悪い

喉が痛くて、でもすごく何か飲みたい

だけど体を動かすのが無性に辛かった


気づくと部屋は薄暗くて、夕方だ。

こんどはヒグラシ達がカナカナと鳴いている


結構寝たんだ


「うう」

ちょっと体を動かすだけできつい

でも起きて着替えないとだめだ、気持ち悪い

なんとかはってタンスにたどり着き

着替えを出す

体・・拭かないと

タオルどこだっけ


楓さんって言おうとしたけど声が出ない

ふすままで這っていって、開けて廊下に出る

板間の廊下はひんやりしていて気持ちいい

「ああ・・」

そのまま廊下でぐったりしてしまう


ふっと寝そうになった


「さく?」

上から声がする

「大丈夫か?うわ、すごい熱いよお前」

梅兄がおでこを触るからだよ

「楓さーん!さくが倒れてる、ちょっと来てやってー」

なんか飲みたい、苦しい

「なんか重症だなあ」

そう言いながら梅兄に抱えられる

「すごい汗、着替えないと」

大丈夫だから、一人で出来るから

離れようとするけど声も出ないし、力も入らないし

そのまま抱えられて、せっかく自力で出た部屋に戻った

布団に寝かせようとして

「うわ、布団も濡れてんな」

そのまま梅兄に膝枕をされる。梅兄のズボンが濡れないが心配になる

目を開けたら真上に梅兄の顔

「う」

「ん?何?声出ないの?すぐ楓さんくるから」

そう言って

「忘れ物取りに帰ってなかったら、楓さんに発見されるまで

ずっと廊下でのたれてるとこじゃねえか」

俺っていいタイミングだろ?

そんな得意気な顔をこれぐらいで普通しないでしょ

でも、頭が上がってるとちょっと楽だ



楓さんは来るなり

「あらまあ、えらいことだね」

笑いながら隣の部屋から敷布団を持ってきて

汗で濡れた布団は廊下に持っていった

「今シーツつけるからね」

「俺、代わろっか?」

「いいよ、そのままで」


私はずっと梅兄の顔を見てた

熱のせいで、相当ぼわっとしているから見ることが出来た

梅兄は面白そうに

「なんかちっちゃい子みたいなのな」

頭をなでられる

その手の上に私は自分の手をのせた


大きな手だなあ

こうやって触れるのは

これがきっと最後なんだろうな

梅兄はちょっとびっくりしたみたいだけど

「なんだよ、兄が恋しくなったの?」


うん、そう

恋しいの


「すき」

声がかすれる

「え?何?しんどい?」

梅兄が顔を近づける


「すき」

「うめにいがすき」

かすれてほとんど声にならない


涙がぶわっとあふれてくる


梅兄がびっくりしている

私は泣きながらもう一度言う


「うめにいがすき」


少し声が出る

梅兄はじっと私を見ると

涙をぬぐってくれながら


「俺もさくが好きだよ、だからちゃんと治せよな」


うん

わかってる


その好きは

私の好きとは全然違うものだ

私が欲しい好きとは違う


わかってる

そう思っても涙は止まってくれない

私は泣き続けた


全部熱のせいだ


気持ちのいいさらさらの布団の中でも

涙はなかなか止まってくれなかった


「さく、大丈夫かな」

廊下で梅兄の心配した声が聞こえる

「泣く元気があるんだから、大丈夫だよ

梅はさくが熱を出すと昔っから心配しすぎになるね」

「俺、バイト行っても大丈夫?」

「梅がいたって何にもならないよ、さっさと行きな

バイト先に迷惑かけちゃうでしょうが」

「まあ、そうなんだけど」


そんな会話が耳に入ってくる

熱でしんどいのと

泣いてる自分が馬鹿みたいなのと

梅兄のことと

竹田君のことまで出てきて

頭の中がぐちゃぐちゃだった



結局三日間寝込んだ

いろんな夢を見たけれど

覚えているのは、子どもの頃からよく見る夢

夢なのに夢だとわかる夢だ


大きな船に乗っていて、いつも迷う

子どものころはよく楓さんのいる場所にどうしても戻れなくて

泣きながら探す夢だった

今回は梅兄を探していた

どんなに歩いてもどこにいるのかちっともわからない


「さくはうそつきだから会えないんだよ」

夢の中でシイナに怒られる

「竹田くんを探せばいいんだよ」

そう言われた


夢の中に

竹田君も現れてはくれなかった














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