第9話いなり寿司

野田君はちっとも悪くないのに

ずいぶん謝られた

「違います、音が響くのがちょっとダメだっただけで」

慌てて頭を下げて、顔を上げると野田君の少し後ろに男の子が立っている


「こいつ竹田ね、シーナちゃんと俺と竹田はよくシフトも一緒なんだよ」

野田君が紹介してくれた竹田君は私より少し背が高くて、黒縁のメガネをかけている。髪形はなんだか無造作な感じだ。竹田君は高校時代は生物部とかにいそうな感じだった

「竹田です」

ちょっと低めの声の竹田君はていねいに頭を下げる

「こっちは園田桜、さくとは小さい頃からの友達です」

シイナが紹介してくれる、私もぺこりとおじぎした


やっぱりデートするなら遊園地でしょ

シイナは遊園地なら、私も楽しめると考えてくれたらしい

最初は一緒にまわっていたのだけど途中でお化け屋敷に入りたいと言うシイナに

「俺無理」

「私だめ」

野田君と私が断固拒否したので

「えー、しょうがないなあ、行くよ竹田君」

「僕が行くの?」

「野田君はへたれだもん、ほら行くよ」

無理やり連れて行かれるのを見ながら野田君は

「俺よりもお化け屋敷を取るんだよなあ」


近くで座って待つことにしたので、せっかくだから聞いてみることにする

「野田君はシイナのどこが好きなんですか」

野田君はああと言って、それからちょっと考えて

「シーナちゃんってさ、めっちゃかわいいでしょ。もちろん園田さんもかわいいよ、うんお世辞じゃなくてね」

私のことはほめなくていいです

「俺さ、初めてシーナちゃんに会ったのってバイトなんだよね、ハッピ姿できりっと働いてて、俺が年上とか関係なくばんばん物を言って働かせるわけ。だけど喋り方がさ気持ちよかったんだよね。そしたらさ」

「そしたら?」

「お疲れ様でしたって声がするから、振り返ったら、ふわふわ姿のシーナちゃんがいたの。俺・・やべって、好きになるかもって思った。可愛い女の子ってもっとなよっとしてるイメージでさ、ライブやっても彼氏だけ見にきて、なんか歌とかあんまり知らないけど、可愛い格好だけしてきゃーきゃーしてる女の子とか、つまんねぇのって思ってたから。シーナちゃんは俺の中で・・多分カルチャーショックだったんだよ」

カルチャーショックの使い方が違う気がしたけれど、それだけびっくりしたんだろうな

「そしたら、なんかシーナちゃんも俺のことまんざらでもなさそうだし、これはいけると思って、どーんと告白してやったあって感じ」


お化けに負けるへたれの彼氏だけどねって笑う


ちょっと照れながら話す野田君からは、いい雰囲気がにじみ出ている

「ギャップにほれちゃったってことですね」

「そうかもね、じゃ今度は園田さんが話す番ね、竹田の印象はどう?」


二人がくっつけばいいのになってシーナが言うんだよ

そう言って野田君は私の顔をじっと見た。野田君に見られると、目にかかる前髪が気になる

「竹田君は、んー・・なんか理系っぽいかも。静かな人だなあって思いました」

「園田さんも静かだけどね、うん、竹田とは大学一緒で工学部。あいつの趣味は将棋だし、本もいろいろ読んでるかな。多分あんまり遊園地とかって好きじゃないと思うんだけど、誘えば付き合ってくれるし、もしかしたらお化け屋敷だって苦手かもしれないけど、一緒に行ってあげるしね

つまりいい奴なんだよ」

「へえ」

同じ時期にバイトに入って話すうちに、野田君と竹田君は趣味も性格も違うけど

気があったらしかった。

「竹田がさ、最近ちょっとギターをしてみようかなって興味もっててさ、俺が教えて、逆に俺は将棋を教えてもらってる。角とか飛車とかの動かし方をやっと覚えたけど、あれ難しいね。園田さんは何が好きなの」


誰が好きって聞かれたかと思って、持っていたペットボトルを落としそうになる

どこにいても

何をしても

ちょっとしたことで梅兄が出てくる


「あ、何がって、その・・りょ、料理とか。あと本も読むの好きですよ」

漫画が多いんですとは何故か言えなかった

「料理っていいね、なんか女子力高しだね。シーナちゃんも結構手際がよさそうだし、二人に贅沢にお弁当作ってもらってピクニックなんていいな、バーベキューもありだよね。花火とか持ってって・・それだと人数が多いほうがいいか。今度サークルでもやるんだけどさ、シーナちゃんと園田さんも来る?」

「いやいやいや」

矢継ぎ早に言われて慌てて手を振る。さすがに知らないサークルの人達に囲まれてはちょっとだ

野田君も先走りしすぎたねって笑った


「こんなとこにいたー」

お化け屋敷の出口からシーナと竹田君が出てきた。野田君は

「竹田っていい奴なんだよ」

シーナに向って手を振りながら私に言った


それから、野田君の期待に応えてピクニックをしたけど、8月のピクニックはやっちゃいけなかった。木の下でもあまりに暑すぎたから。シーナは

「料理は苦手だから、お願い一緒に作って」

朝早くからうちの台所で楓さんに手伝ってもらってお弁当を作った

「こんなに暑いのに外で食べるって、あんた達おかしくないかい?」

楓さんはあきれながらも、暑いから傷みにくくするために酢飯にして

巻き寿司といなり寿司を作ることになった

お揚げは前日、楓さんが甘く煮てくれた。楓さんの作るいなり寿司は大好き

お揚げは甘くて中に酢飯をぎゅっと入れる。一個がおっきいのだ

巻き寿司はシンプルにきゅうりとたくあんと玉子焼きで巻く。ほんとは高野豆腐も入れたかったけど、うっかり買うのを忘れてしまった。後はスイカとキュウリのお漬物を用意した。巻き寿司を巻くのが難しくて、二人ではしゃいで作っていたら、いつのまにか父も母も梅兄も起きていて見られていた

「シイナちゃんとさくが並んで料理だなんて、姉妹みたい」

母が嬉しそうに言うし、父なんて小学校以来会ったことがなかったから

びっくりしていた。梅兄は

「ほぼ楓さん作でしょ」

そう言っていなり寿司を一個口にほおりこむ

やっぱり楓さんのいなりは最高って言った


「うまい!」

野田君は馬鹿みたいにほめてくれた

甘いものが大好きなんだよって、ほおばりながら話す

「ほんとに美味しいね。優しい味でおばあちゃんの味みたいだ」

竹田君に的確に言い当てられて、私とシイナは笑った

「笑うとこなの?」

なんで笑われたのかわからなくて、きょとんとしている竹田君がおかしくて

二人で笑い転げた

笑いながら、竹田君と付き合ったら楽しいかもしれないと思った


よく四人で会っていたけれど

時々竹田君と二人で会うようになった

竹田君は奨学金で大学に通い、生活費をバイトでまかなう生活をしていたので貧乏学生さんだった。竹田君もそれを隠そうとかしなかったし

だから私はよくお弁当を持って行った

「うわあ、ありがたいなあ。園田さんは料理が上手なんだね」

勘違いされてしまったけど、野田君に料理が好きなんて言ったけど、朝ごはんを作るくらいで、それほど得意じゃない

今日のお弁当だって楓さんと作ったというのも言いそびれてしまい、この際真面目に楓さんに料理を教えてもらうことにした。楓さんには

「一体誰に作ってるんだろうね、早く連れておいでよ」

なんて言われたけど、笑ってごまかした


私が作った玉子焼きは形は悪かったけど

「甘いんだね、僕の家は塩味だけどこれも美味しいね」

とにかくなんでも美味しそうに食べてくれるのが、嬉しかった

ほめてもらうのが料理上達のコツかもしれない


私達はよく図書館の中の休憩室で会った。涼しいし、お金もかからないし、何より二人が好きな本がたくさんあったから、お弁当を食べた後はお互い好きな作家の話をしたり、少しだけど将棋も教えてもらった。

竹田君は食べるのも丁寧だし、将棋も全くわからない私にゆっくり付き合ってくれた。やわらかみのある少し低い声は聞いていると気持ちよかった

将棋はさっぱりわからなかったけれど


「付き合ってるのでいいんだよね」

シイナに言われて、私は首をかしげる

「竹田君のこと好きじゃないの?」

「いや、好きだけど」

「けど何?二人でこんなに会ってたら、十分付き合ってると思うけど、違うの?」


一緒にいるのは心地いいけど

シイナと野田君のような恋人同士かと聞かれると違う気がする

竹田君も私といるのは嫌ではなさそうだけど、それが恋愛感情かどうかは

よくわからなかったから、それに

「それに、今はこれが楽しいからこのままがいいかも」

そう言ったら


恋愛だけはなんだかいつも避けてる感じがしてる

さくは聞いても言ってくれないだろうし


心配してるんだからね


そんなことを言ってくれるシイナ

シイナが好きだ


だから言えない


私の中の嫌な部分を

愚かで馬鹿な私を

見せられるわけがなかった


煮こごりみたいに

固まった気持ちって

どうすれば

消えて無くせるんだろう


梅兄のことなんかどうでもよくなって

ただの梅兄になって

竹田君と

恋におちればいいのに

そうしたら

きっと私は幸せになれるのかもしれない


どうすればそうなるのかわからないけれど















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