第8話モモさん

竹田くんは私より年が2つ上で、シイナと同じ居酒屋でバイトしていた

私が通う短大の周辺は大学や高校が多い学園都市と呼ばれる地域で、家からは電車で通っている


「付き合えそうなんだ」

シイナが嬉しそうに教えてくれたのは、大学生活にも慣れて夏休みに入る直前くらいの頃だったと思う

「付き合うって、私も知ってる人だったりする?」

「知らない人、バイトの後輩なんだけど」

「けど?」

シイナの顔が嬉しそうににやける

「後輩だけど、年上なの」

シイナより後からバイトに入ったから後輩で、いろいろ教えているうちにお互いとても気があったらしかった

「大学3年生なんだけど、全然年上っぽくなくて私のほうがよっぽどしっかりしてるって感じで、それがなんかいいんだ」

名前は野田君、シイナが君付けで話すから初めて会った時にうっかり野田君って言ってしまったけれど

「俺、山野先輩の後輩ですからOKっすよ」

ひょろっと背が高くて、笑うと目じりにしわが出来て目がなくなる。怒ったところが想像できなさそうな優しそうな人だった。前髪は目にかかるくらい伸ばしてる。楓さんが見たらはさみで切っちゃうんだろうなと思ってしまった。そんな野田君はバンドのサークルに入っていてベース担当だそうだ


「今度、ライブするんで見に来てくださいね」


夏のライブを見に行く頃にはシイナと野田君はもう恋人同士だった

ライブハウスに来たのも見るのも初めてだった

「思ったより野田君の出番は後かなあ」

シイナがすぐに野田君のバンドを探して言った

入り口でもらったパンフレットには出演するバンドが書かれている。いろんな大学のサークルが集まって演奏するんだそうで、見る側も半分は出る人達らしい。みんな楽しそうだ。服をそろえてる女子もいるし、やたら細い男の子もいる。それから、雰囲気は元気な体育会系みたいで、にぎやかだ。裏方さんらしい女の子達がきびきび動いてるし、男子は機材の調整をしてる。音合わせだけでもなんだかせまい空間の中ですごく響く。大きい音はちょっと苦手だ


だから演奏が始まってすぐに、お腹の底に響くような重低音の連続とあまりの音の大きさに目が回りそうになってしまった。何曲かは我慢して聞いていたけど、だんだん気持ち悪くなってきて、シイナには悪いと思ったけれど野田君達の演奏を待たずに店の外に出る。出てすぐにある自販機で買ったお茶を飲んでしゃがみこむ


外は夕暮れ時でむわっと暑い。周りのお店は夜の明るさに変わっていく時間だ。繁華街の通りは仕事帰りの人や部活帰りの高校生、これからカラオケや飲みに行く感じの人達が私の前を通り過ぎていく


どうしようかなと思った、ライブが終わるのは3時間後。外で待ってるにはしんどい時間だし、もう一度あの音音音の空間に入る勇気はなかった

しばらくしゃがんでいたら楽にはなったので、立ち上がる。とりあえずシイナには先に帰るってメールだけはしておくことにした


その時だ

「さくちゃん?」

こんな所で声をかけられるなんて思ってなかったから驚いた

「さくちゃんだよね?何?デート?」

モモさんが配達の格好でビールのケースが載っている台車を押している

モモさんは桃田酒店の息子で梅兄と幼馴染でずっと仲がいい友達の一人だ。梅太郎に桃田で梅桃コンビ。そんなモモさんは家の手伝いをして小銭を稼いでる。それから彼女を作ってはよく振られてた

「振られてあげたほうが女の子は傷つかなくっていいでしょ」

なんて、けろっと言う

「なんだモモさんか、びっくりした。シイナとライブを見にきたんだけどちょっと気持ち悪くなったから、先に帰るところ」

「ありゃ、どうりでちょっと顔色悪い感じするね。梅に電話してやっから迎えにきてもらえば?あいつ今この辺で飲んでるはずだよ」

「い、いいよ」

って言ったときにはもう電話している

「いいから、遠慮するなんてさくちゃんらしいけどね」

電話をやめさせようとしたけど、モモさんは190センチ近い身長なのに、ひょいっと軽くかわされる。梅兄と話し始める

「・・ほら、あそこのライブハウスだよ。うん、わかった、俺見てるから早く来いよ。さくちゃん、すぐ来てくれるってよかったね」

よかったねじゃないよ

「はあ・・」

しゃがみこむ

梅兄にあんまり会いたくないのに

「さくちゃん大丈夫?」

モモさんに側でおろおろされるけど、知らない

「モモさん、早く配達行けば」

「こっちは大丈夫だよ。梅が来たら行くわ」

日焼けして、伸ばした髪はひっつめてバンダナで巻いてる、腕は太くてがっしりだ

鍛えるのが好きで意味なくビールケースを持ち上げるから、よくおばさんに怒られてる。モモさんは考えるより体が先に動く

「俺がおんぶしてやってもいいんだけどね、仕事あるからなあ」

「だから、仕事しなよ」

「ずいぶんつんけんするね、もしかして振られた?ええ?いつ彼氏できたのよ

モモ兄貴としては聞き捨てならないぞ、そいつぶっ飛ばす」

誰が兄貴だ、ほんとに

「モモさんは冗談ばっかりだ」

「お、ちょっと笑ったな」

頭をなでられてしまった。


「いたいた、さく大丈夫かよ」

梅兄が走ってきた。お酒飲んで走ったりしたらまわっちゃうのに

「梅も来たしじゃ俺行くわ」

もう一度私の頭をなでると、モモさんはちょっと梅兄に話をしたら、あっという間に台車ごと去っていった

モモさんにありがとうって言い損なう

梅兄が顔をのぞきこんでくる

「立てる、大丈夫?」

「うん」

立ち上がる

「モモさんにいいって言ったんだけど、電話しちゃうから。梅兄戻っていいよ、もう全然平気だし」

「いつもの飲みだから別にいいよ、帰るか」

一緒に歩き出す


「ところで、ライブって何?なんでこんなとこに来てんの?」

「ああ、シイナの彼氏がね」

話すと梅兄は

「シイナちゃんに彼氏かぁ、なんかちっちゃい時から知ってる子に彼氏って

しかも相手はバンドマンかあ、変な感じだなあ」

ちょっとショックらしい

「梅兄なんか高校からスミレさんがいたのに」

「まあ、そうなんだけど」

なんかちょっとさみしいな

そんなことを言う

私に彼氏が出来たら梅兄はどう思うんだろう

さみしがってくれるんだろうか

隣を歩く梅兄の顔をちらっと見る。ちらっと見たのに気づかれる

「何?気分悪い?」

「大丈夫だし、なんでもない」

「そっか、なんか変ならすぐ言えよ」


ねえ、梅兄

ずっと

ずっと変なんだよ

今だって

すごく変だし

すぐ隣にいるだけで苦しいんだよ

手に触りたい

つなぎたい

でも私は絶対そんなことしない


梅兄が側にいるだけでおかしくなりそうだった


なんでかなあ

なんでこんなにおかしくなるんだろう

涙が出そうになるけど

私は意地でも泣かなかった


そんなことがあった後じゃなければ断ってたと思う


「さく、お詫びにデートに付き合いなよ、Wデートするからね」

さすがにシイナに悪いと思っていたので言うことを聞くことにしたけど

「デート以外じゃダメ?」

「ダメ、紹介したい男の子がいるの」


そこで紹介されたのが竹田君だった



















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