第7話おでこ


件名:歩けてますか?


「足の具合はどうですか?ツナマヨさんはもう結構なおじさんなんだから

無理しちゃダメってことなんでしょうね

そうそう、ツナマヨさんも好きな野球マンガで面白いのを見つけたので、写真を添付しておきます。野球をしたことがある人のほうが「あるある~」でもっと面白いかもしれないです。笑って痛みを忘れちゃってくださいね。

私のほうは最近ちょっとだけブルーです。なので、ボーナスが出たら友達とパっと飲みにいくつもりです・・あ!ツナマヨさんは今お酒はダメですよね~

ビールが美味しい季節ですよー!早く治さないとお預けが続きます(笑)

それでは、お大事に」


ブルーってどうかしたのって聞かれるかな?聞かれてから考えよう

散歩から帰ってきたけど、まだ梅兄は帰ってくる時間じゃないし、散歩したって気が紛れずにいろいろ考えるはめになり、そうなったら梅兄のことをどんどん思い出してしまういつものいやなパターンだ。早く抜けないと梅兄が帰ってきてしまう


扇風機をつけて風に当たりながらテレビをつける。平日の朝のテレビってほんとに流れるように見られるからぼんやりするのにちょうどいい

そう思っていたら

初めてキスした時はどんな場所で?特集が始まった

朝からキスって、しかも街頭インタビューでみんな答えてるってすごいなあ


キスで思い出してしまった


一度だけ、梅兄のおでこにキスをしたことがある


高校生の頃だ、畳の上で扇風機の風にあたりながら気持ちよく寝てる梅兄を見つけて、そっとしゃがんで顔を見ていた

ずっと見てきた顔なのになんでよりによって梅兄じゃなくちゃだめなのか。気持ちに理由をつけられなくて、参っていた頃だった

大学生になった梅兄の体はたくましくて、細かいことが好きなその手はとてもしなやかだ。短く切ると跳ねるから嫌だといって、髪を伸ばしたがるけど楓さんが怒るから、仕方なく短くした髪はつんつんしている。梅兄も私も楓さんが大好きなので怒ること、嫌がることはしない

スミレさんがいるからだろうか、眉毛はきれいに整えてて、高校の頃まであったにきびはすっかり消えている。日焼けした肌に白い肌着と短パン


ああ、きれいなおでこだな


私は梅兄のおでこにそっとキスした

気づかれませんようにって思いながら

いっそ目が覚めて

「気持ち悪い」

そう言ってくれればいいのにって思った


世の中がどうとかでなく

梅兄を恋愛対象として見ていて

触れたくて、抱きしめて欲しいと思う

そんな自分がほんとうに

私は気持ち悪くてしかたなかったんだと思う


梅兄はちっとも起きなかったけど


煮詰まった心のほぐし方がわからないままふたをして

私は短大生になった。友達の山野椎菜ことシイナと一緒で嬉しかった。手を取り合って喜んだっけ

「2年間なんてすぐだよ、いっぱい遊んどかないと。シャカイジンになったら終わりだもん」

シイナとは幼稚園からの友達だ。卒業したらすぐにふわふわのパーマをかけたシイナ。可愛い服や可愛いものが好きだけど、性格ははっきりしていてあまり迷わずに決めてしまう。両親が商売をしてるからお金もきっちりしている。入学前に大学近くの居酒屋でバイトも決めてしまった。

「サクも一緒にバイトしようよ」

一緒にやりたかったけれど、これには父にとにかく反対された

「お酒がからむ店は絶対だめ。僕は酔っ払いに絡まれる娘を心配したくない」

めったに反対なんてしない父に言われ、梅兄にも

「俺も反対、さくには向いてないよ。シイナちゃんはしっかりしてるから大丈夫だろうけど、さくは無理」

そんなことないやれるって言いたかったけど、憮然としてる父の前でそんなことが言えるわけもなくてあきらめた


社会人として生きるほうが人生ははるかに長いけど

働けばお金も入るし、もっと自由なこともたくさん出来るんだろうけど

学生時代は特別だ。大人になった今ならそれがよくわかる。

悩みはたくさんあったけど、勉強だって大変だったし、幼稚園や保育園の実習なんて泣きたくなるほどきつかった。

ピアノの試験が上手くいった時は心底ほっとして、みんなで食べに行ったケーキはうっとりするほど美味しかった

そんな風に笑ったり、励ましあったり、ちょっとしたケンカも出来る友達が出来た。短大の同じクラスの山野かおりこと山ちゃん、飯塚姫子ことヒメ、そしてシイナと私の4人は卒業をした今も、時間が合えば飲みにいく友達だ。


私の短大時代、梅兄はバイトでお金を貯めては友達と自転車で日本一周に行ったり、ボランティアにも熱心でほとんど家にいることがなかった。いつ勉強してるか不思議だったぐらいだ、あんまりいろいろするから、なかなか会えないスミレさんが別れ話を切り出した時もあったらしい


私は新しい生活が楽しくて忙しくて、悩んでいる時間が減っていった

無理やり目を背けようとしてた


そんな時に出逢ったのが竹田君だった


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