第6話箱の中

今日は休みだ

朝からじわっと暑くて、どんよりした雲が空をおおっている


ちょっとだけなんて

思ってしまったからか

起きたら梅兄からメールがきていた

急に時間が出来たから今日帰って明日には戻る予定だそうだ


母さんも父さんもなるべく早めに帰るって言って仕事に行ってしまったし、楓さんは梅兄の好物を作ろうと張り切っている

私もなんだかそわそわしてしまって、家にいても落ち着かなくって、ぶらっと外に出る。曇りでも紫外線はあるから日傘をさして歩くことにする


川べりを歩くことにした。蒸しっとはするけど少しだけ風が吹いている

それなりに仕事をして、家のことだって手伝うし、少しだけど友達だっている

毎日かわり映えはしないけれどゆっくりしていて、穏やかだ

本名も顔も知らないけれど、ちょっと楽しいツナマヨさんだっている。捻挫は少しはよくなったかな


毎日がこんな風でいい、本当に

「それだけでいいんだけど」

小さな声で言ってみる。外で一人で喋ったら変だしね

それだけでいい

そう生きていけたら私の人生は穏やかに何事も無く進んでいくはずだ。ものすごく刺激的なことなんてなくていいし、すごく楽しい事だって別に求めてない

悟りきったおばあちゃんの境地になりたい。楓さんでなくて、世間一般のおばちゃんに。楓さんは行動力がすごいから参考にはならない。私がこんな生き方を望んでるって知ったら怒るだろうか、それともあきれるだろうか。楓さんにあきれられるのは嫌だけど、私は白っぽい空を見上げて思う

人生に何かを求めたりしない、だから神様、私は穏やかな人生が送りたいんです。

「はあ」

馬鹿みたい、何が神様なんだか

神様を信じてないのに、神様じゃないでしょうだ。生ぬるい風が全身にまとわりつく。

「ああっ、もう」

ちっとも平気じゃない。自分の心なのに全然言うことを聞いてくれない


帰ってくる

その一言だけで、私はどうしようもなくなってる

あんなに平気でいようって決めたのに

なんでだろう

なんで

なんで好きなんだろう


嫌になるほど自問し続けて

自答できてない


梅兄が好きだ

もうずっと好き


兄としてでなくて

一人の男性として好きだ


もちろん梅兄に言うつもりなんてないし、気づかれないようにだってしてる。むしろつんけんした態度になってしまって梅兄にあきれられてる

血が繋がっているのに、そんな事例ってあるのか調べたりもしたら結構あって驚いた。ほんとかどうかはわからないけど、随分たくさんあってびっくりした


自分の気持ちに気づいたのは中学3年生の時だった。

当時梅兄と付き合い始めたスミレさんが、家まで梅兄を迎えに来た時

「梅兄、スミレさんが来てるよ、待ってるよ早くしなよ」

何も考えずに梅兄の部屋のふすまを開けたら、着替え中の梅兄が上半身裸でいた

「おう、今行く。ありがと」

「は、早くね」

慌ててふすまを閉めたけど

胸がどくんどくんと打っている

その瞬間だったんだと思う

梅兄を男として認識してしまったのは

しばらくまともに目を合わせられなくなってしまって

「俺さ、さくになんかやらかした?」

困った顔をされてしまったから

「違うよ、ばか兄。反抗期なの!思春期なの!ほっといて」

なんて馬鹿はこっちみたいな受け答えばかりしていた


梅兄を見ただけでどきどきしてきて

一緒に暮らしてるのに何これ?って混乱してた

気づけば梅兄のことばっかり考えている自分に気づいて

そんな自分が気持ち悪かった

考えないようにすればするほど、梅兄のことしか考えられなくなった


明らかにこんな自分って変だ

不安で、怖くなった


友達に

「喋るだけでどきどきして、顔も見られなくって、いつもその人のことを考ちゃって困ってるって友達に相談されたんだけど・・」

そう相談しようかと考えて、自分だったらどう答えるか考えて


ああ

これって恋じゃないのかと気づいた

だけど

中学3年生の私はそれを恋だと

認められるわけがなかった

近親者との恋愛は社会的にはアウトなことぐらい私だって知ってる。母や父になんて冗談でも言えないし、楓さんにだって相談はしないだろう。もちろん友達にもだ。


何より、梅兄にはちゃんと恋人だっている。梅兄らしいというか、スミレさんと今も続いている。スミレさんは小柄で丸い眼鏡をかけていて、くせっ毛の髪はショートで、私と一緒。梅兄はそんなスミレさんの髪をくしゃくしゃにするのが大好きだ。スミレさんは怒るけど

両親も公認で、楓さんだってスミレさんがお気に入りだ

私だってスミレさんが好きだ。うちに来ると

「なんでさくとばっかり喋るの、つまらないよ」

梅兄が文句を言うぐらい、私とスミレさんはよく話しをした


「ねえ、サッカーのコーチって素敵な人が多いんじゃないの」

「声とかかけられてるんじゃないの」

やわらかだけど、どこか芯が通っていそうな声のスミレさん

「受付が、コーチに手を出したら、ママさん達から袋叩きですよ」

「やだ、奥様って欲張りね。旦那さんに子どももいるんでしょう、子どもを習い事に行かせられるって恵まれてると思うけど」


スミレさんは

「さくちゃんが、若い男性が多い職場で働くのって梅太のことだから、はらはらしてるんじゃないかな」

「そんな心配なんて、親にだってされたことないですよ。これでもしっかりしてるんですよ私」

「やだ、ちょっとは心配されるぐらいでないとだめよさくちゃん」

こんなとりとめのないお喋りが

私はとても好きだ


祝福したい

永遠に祝福し続けたい


だから私は押し殺す

心の奥底に箱を作って

私は梅兄の好きな私を

ぎゅっと押し込んで

泥の中に埋める


二度と浮かび上がらないことを願って


無駄なことはわかっていたけれど

何度も何度も

私は私を沈め続ける


だから

こんども沈めてしまおう

そして

普通の妹にならなくちゃいけない










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