第3話大福

午後3時半には家を出る。お日様ってありがたい。雨だと仕事場までバスに乗らなくちゃいけないから早く出なくちゃいけないし、バスってなかなか時間通りじゃないのもつらい

今日は自転車、ちょっと暑いけどそれはいい

「うほほ」

誰もいないところで声を出す。それだけ気持ちがいい

スクールまではのんびりこいでも15分かからない


短大を卒業して就職したのが上条サッカースクールだった

オーナーは上条さんで、母の同級生

はっきりいってコネで入らせてもらった

幼稚園の先生を目指してた

短大では何度か実習があって

1度の実習は2週間。

小さな手

小さい足

何もかもがちっちゃくって

かわいくって

「さくらせんせえー」

鈴がころがるような声に囲まれてとっても楽しかった

教室でピアノを弾いて一緒に歌を歌った時は

めちゃくちゃ緊張したっけ

大変だったのは

実習記録を毎日何ページも書いて

担当の園の先生にチェックしてもらわないといけないんだけど

家に持って帰って書かないととても終わらなくて明け方まで書いてた

だからあんまり要領はよくなかったと思う

幼稚園の先生をあきらめたのは事務作業が辛かったわけでなく


そんな実習が2年間続いて

就職活動を始めてスムーズに決まって

後は卒業式って頃になって


急に怖くなった


こんなにも小さな子ども達を前に

先生をやっていけるのか

人を育てることへの

責任の大きさに


しり込みして

逃げてしまった。


母は細かい理由は聞かずに

「わかった。でも就職はどうするの?今から探してある?」

楓さんは

「とにかく一度先生をやってみたらどうだい。何だって始めは怖いんだよ

頭っから逃げるのはどうかと思うけどね。桜、あんなに頑張ってたじゃないの」


まじめな話になると楓さんんはさくとは呼ばずに桜って呼ぶ。

一度逃げ腰になってしまうと

もう一度頑張る気持ちにはなれなかった。

ようするにダメな人間だ。

梅兄は

「自信がないか。しょうがないって言いたいけど、高い学費を出してもらって大学行って、もったいないな」

「うん」

そんなのわかってる、うちはそんな贅沢できるような家じゃない。

父さんに話したら

「うん、まあ・・そっかぁ・・うん」

ちょっと残念だねと言われた。


卒業式

幼稚園の先生になったらどうせ卒園式で着るんだからって

楓さんが買ってくれた振袖に袴を借りて出た

紺色にピンクの桜が散りばめられた振袖

この先着るたびに申し訳ないと思い続けるんだろうな


「ごめんね、楓さん」

申し訳なくって泣いたら

「そんな理由で卒業式に泣くなんて、ほんとに馬鹿な子だね」

そんなことはいいんだよって

「さくちゃん、卒業おめでとう」

って言ってくれた


卒業する前に就職は出来た

「さくちゃん、ちっちゃい子は好きなんだろ」

楓さんがいろんな知り合いに声をかけたらしかった。

「好きだけど」

「じゃあさ、上条さんちの良樹くんがやってるサッカー教室はどうだい?」

「ヨシキくん?」

「ああ、良樹くんは母さんの同級生だったか。あそこだよ川沿いにあるサッカー教室。春から1人受付け出来る子を探してるんだって。ちゃんと正社員だよ、どうするさくちゃん」

どうするもこうするもなく

そこに決めた


スクールは今はサッカーだけだけど

裏側では工事もしていて

来年には屋内型のテニススクールも始める予定だ

駐輪場に止めて中へ入って更衣室で制服に着替える

白のポロシャツとベージュのチノパンだ

胸に名札もつけて事務室へ入ると小野寺さんが来ていた。

「小野寺さん、こんにちは」

「あっ、ねえねえ園田さん!今日って早く帰られるかなあ」

小野寺さんは22歳。私より2つ年下だ。真っ黒でストレートな髪を後ろで束ねていて

眉毛もちょっと太い。日焼けしてるし、声も大きい。

学生時代はソフトボールをしていたから全体にがっちりしてる。

私はちょっとくせ毛で、伸ばしてもなんだかなあなので、短くカットしてしまうから、小野寺さんの髪を見ると羨ましい。

「明日の準備があるからどうだろうね、コーチ達も準備するし、時間がきたら帰っていいよ。私は何にもないし」

やった!って顔の小野寺さん。ほっぺたがふよんとゆれる。

一度つついてみたい。

「今日、飲み会なんすよ。明日が大会って忘れてて・・」

小野寺さんは去年からここで働いていて受付けのほかに午前中はママさん向けのフットサル教室の補佐もしている。

夏休みは海へ遠泳に行ったり(遠泳を趣味にするってすごい)

冬は学生時代のソフト仲間とスノボーに毎年行っている

小野寺さんのほっぺみたいなもっちりした大福をお土産にもらった

「園田さんも来年はスノボー、一緒に行きましょー」

社交辞令とは思えない小野寺さんの誘いっぷりを断るのはちょっと心苦しい


そんな小野寺さんがぱっと顔を輝かせると周りの空気も明るくなる気がする

「ほんとにいいんすか?だったら、死ぬ気で作業します」

「ほんと、いつも大げさだね」

ずっと体育会系の中で生きてきましたって感じの小野寺さんは、喋り方はちょっとくだけすぎだけど、責任感は強いし、頭より先に体が動くタイプで良く笑うし、さばさばしてるし、スクールに通う親にも受けがいい

子ども達にはとにかくなつかれている

「こはるお姉さんは今日はいないのー?」

小野寺さんの下の名前は小春さん。彼女が休みの日はちびっこ達は

「えー、つまんない」

ぶーぶー文句を言われる

ちなみに私のことは

さくらお姉さんと呼んでくれる


「さくら先生」よりお姉さんが私にはちょうどいい










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る