BIG BET

まだなの

第1話 記憶錯誤

「……」


明るいBGMがフロアに鳴り響く。

鬱陶しい気分すら忘れさせてくれるような、無理強いに。

強要している訳でもなく、洗脳的でもなく。


日常的な人混みが絶えない、家電量販店の中を僕は歩いていた。


「……返さなきゃ」


僕が持っていたのは、この店の紙袋。

「確か」「買ったばかり」「楽しみにしていた」


でも、その単語を理解していても

行動そのものは反していた。


今の僕の表情は、酷く焦っているのだと思う。

ただ、このご時世だ。たった一人がどんな表情でいようと関わる方が面倒で

多分「あ、酷い顔つきだ」と理解しても視線をそらし、他人事として片づける。


そうでいた方が、都合が良い。

関わってくれとは思ってない。


でもどうして「僕」なんだ。

運が良いなと言うならば、別の機会に出もその運を活用してくれよ。

こんな形の「幸運」なら、もっと別の人が喜ぶはず。

そう、「僕」じゃない。誰かなら―


「……」


具合が悪い。

ただ返せばいい。

買った場所はこの家電量販店だ。ただ「どうしてこんな」なんて苦情を言う余裕は多分今の僕にはない。

支払った金額を返せとか、器用な事も言えないだろう。


つまりは、「コレ」に関わりたくない。


―だと、しても―


「……」


目まぐるしく視界が揺らぎだす。

手にした知った事への責任か。

正直「コレ」との関係を遮断したい。じゃあ捨てれば?考えたさ。

わざわざ返しに来なくても?お金を返してほしいから、とかそういう問題でもないのに―じゃあどうして「返し」に来たんだろう。


売った本人に理由が聞きたい?

それは思った以上に勇気が必要で、ましては漫画みたいに「自分だけに」という環境でならその対応もあり得ると思う。

ただ僕が「コレ」を買ったのは、普通の家電量販店だ。


たまたまの店員さんだったはず。

そうじゃない店員の時に買った可能性だってある。

それに「普通じゃない事」への免疫もないんだ―何でもかんでも不思議な事が起こってそれに順応できる程、僕は―


「頭が、くらくらする……」


怖くなった。

正直に言えば。怖くなった。

よくテレビで見る「不思議」との距離感が心地良いだけで、現実と1ミリも違わない距離にある事の恐怖は計り知れない。

当事者になってみたいと思う理想は、実際に体験してないからこその「理想」でしかない。


返したら、済むんじゃないかと思った。

でもその先を考えたら、まだ怖くなった。


もし「コレ」が他の人の手に渡ったとしたら?



―数刻前の事を、思いだす。

焦って、どうかしてて、一回転んで、足をぶつけても痛みとか関係なしに―


『―出来ないなら、返して』


そう、「言った」から。

返しに来たんだ。


でも後戻りが出来そうにない―



「理想」とは。

現実世界との隔たりがあり、その安全領域に対して手を伸ばしたくなるが

結局自分とは関係ない「安全な間隔」を知っているからその「理想」を欲する事もあるんだろう。


でもその隔たりを超えて、目の前にある「理想」が

必ずしも「幸運じゃないか」と拍手喝采を送れるかと言うと―


「どうして、僕なんだ」



もう、戻れそうにない。

だって今さっきから僕を誰かが「変な人」と至って普通に見ていたとしても

僕が見ている「世界」が既に「異質」だ―


あの時、自室で呆然としていた時からずっと、僕の目の前の世界「には」


―『って言っても、もう貴方なのよね』―


返しても意味のない、諦めの言葉は落胆の色を見せ―



『で?貴方は何を【賭ける】のかしら?』




さっきから



ずっと―



誰も知らない、のだと思う。



『でないと、日本が消滅するのを待つだけ』



何の暗号か、分からない。

ただ視界は暗く、不気味に光る読めない文字の羅列が不規則に世界と同化して流れている。全ての見える万物が塗りつぶされて、言い表せない様な、映画で見たような、そんな世界―に。



『……貴方の、『番』よ』



一人の【少女】が、ずっと僕から少し離れた視線の先にいる。

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