第13話 勝利の切り札と、最悪の再会


「君の存在が伏線に混じりだした時から、殺して無視しようとは思わなかった」

「と言うより……俺が死んだと思ってなかったんだろう?」


年相応に老いても尚、中身は何一つ変わっちゃいない尖閣は

俺が吸血鬼と知らないと思うものの、人間とは違うという事に対して

冷静に認識していた。

その現実を利用して、俺から彼女を奪い取り―結婚して今があるのだが

ともかく奴は……俺がそう簡単に死ぬとは思ってない。


この一連―とは言えまだ端をかじった程度の陰謀の黒幕が

彼だとしたら

俺と言う存在を知っている以上、射殺して放置せず

牢獄に一先ず幽閉したその期間を設けた理由も分かる。


そう、そもそも

【吸血鬼なんて、殺せるのか?】


彼を睨みつけたまま、個人的な思考が渦巻く。

尖閣とて人の心までは読める訳がない。

間に隔たりを設け、今この場で俺は生きている事を再確認し

もしかしたら吸血鬼と言うのは【死なない】のかと思うようになって―


もしかしたら―、まさか

この世界のどこかに……まだ。


【ファーストは生きているかもしれない】




「……話を、続けても?」

「……どうぞ」


こんな予測なんて、尖閣には関係ない事。

彼はただ俺を人と見ていないから、死ぬ事が無いのだと思っているだけ。

それだけの事―ひとまず、俺の個人的な過去に今は幕を下ろしておこう。


―コツッ、コツッ


老いは足を蝕むのか

彼は高価そうな杖を支えに、ゆっくりと俺との距離を縮めてくる。

しかし手を差し伸べる程の難儀さは見えない。幾ら歳を重ねても

尖閣という一人の男はまだ健在だと感じた。

元は国防長官なのだ。軍事の頂点に在りて戦力を束ねる者。

人間の衰えすら、凌駕する位の意気込みも無ければ勤まらない。


それにしても、軍服と言い

胸に付けた幾多の勲章と言い、胸糞悪い。

上に立つ者は、意外と現場を知らないものだ―血生臭い戦場も

尖閣は経験しているかどうかは知らないが

結局人として生き延びて、表彰されつつも今がある。


人間として生きられない現実と向き合い続ける俺からしたら

羨ましい人生だこと……


―コツッ


「まず始めに……手荒い真似をして申し訳ないな」

「そりゃどうも……」

「お前にその気が無かったとしても、無視できない位にお前は関与してしまっている」


確かに―全くもって

俺はこの一連の騒動に手を貸すつもりも無かった。

関係ないと依頼を振り切って、扉を閉めて―さあ、こんな騒々しい十京など

もうごめんだとばかりに次なる新天地を望もうとしていたが

あのヒステリーとファ……信近が事務所を訪れてから、もうその事柄に関与して

俺個人の無視など、所詮届かないと思っていた。


に、しても……もう二度と会うまいと思っていた

尖閣がこの一連の事件の首謀者、とまではまだ断言しないにしろ

その存在がある事までは想定できていなかった。


嫌な予感がしただけ―でも、当たるのは

せいぜい賭博位にしてもらいたい。


「……どーしてのぶちんこと、信近にこんな仕打ちを?」

「ハハッ……神室に対してそんなあだ名を付けるなんて、お前らしいな」


俺の冗談に軽く笑う仕草も、あのスマートな威信に満ち溢れた

当時の尖閣とそう変わらない。

言葉の老いすらも感じない。変わったのは……見かけ位か。


「彼の身分は理解しているかな?」

「神室の人間だろ。耳が腐るほど聞かされた」


確かヒステリーは「今の新聞を読んだのか?」と聞いていた。

その時は興味が無いと一蹴したが、そこに今回の一連の出来事に関する

要因が記載されているのだろう。

かと言って今すぐに新聞を読めとは尖閣も言わない。彼の口から聞いた方が早いだろう。


「神室の人間は……彼一人。御剣野宮信近、ただ御一人のみだ」

「へー……何かあったの?」

「彼以外全て惨殺されたのでね」


―……惨殺、ね。

それを聞いても、あまりピンとこない。

確かにヒステリーはそこまで言わなかった。俺が新聞を読んでたら

話もスムーズだっただろうが、多分読んだとしても神室の御家騒動なんて

興味が無いとスルーしたに違いない。


それに尖閣から「神室の人間全員が惨殺された」と聞いても

逆に違和感がある。

何故か?それは尖閣がその事実を他人事のように言うからだ。

俺から言わせてもらえば、その惨殺事件は尖閣が仕向けた事に思えてしまう。


かと言ってもその証拠はない。

それに信近も現状は知っているものの、真相や黒幕まで特定しているようには思えない。

また、血族の死に心を痛めている様にも思えない。


それはまた、個人の性格であり

俺がとやかく言う事でもない。


「殺したのは尖閣じゃねーの?」

「私か……一連の流れを汲めば、そう考えるのが普通だな」


尖閣も自分の性格や、俺から向けられる個人的な感情を理解してか

惨殺の黒幕を自分と察した俺の言葉を最初からは否定しなかった。


しかし、彼の発言を噛み砕けば―黒幕は別にある。

だが黒幕が別にあったとしても、ここまでして信近を捕えようとする彼の行動がある限り

現状がちぐはぐしていて、上手く連結できない。


「殺したのは、別の人間だ。私が神室の人間を殺しても利は何一つない」

「へぇ…利益ね。ろくな事でもなさそうで」

「君が聞いても耳糞程度だろう。そう思っても終始聞いて貰わなければ現状は何一つ変化しない」


…だろうな。

元より尖閣が信近の縁者を全員殺し、何らかの意図があったか

それとも偶然か。

何にせよたった一人生きている信近を目的があって捕えようとした。というスムーズな話で展開してくれたら良かったのに

思ったより複雑そうで、聞くだけで疲れてきた。


それにしても、信近は本当に俗離れしているのか

尖閣が殺した訳じゃないという事実を俺と同じくして聞いたにも関わらず

さほど動じず、俺と尖閣の対談を傍観している。

度胸が据わっているのか、それとも血族であろうと他人事と思っているのか―


たった一人の神室だぞ?結構ヘビーな状況だと思うがな。


「ニチモトがナカグニと戦争を再開しようとする動きがあるのは、知っているか?」

「まあなー。もうこの際ニチモト潰れてしまえばいいんじゃね?」

「確かに『50年前』の戦争は、ニチモトの方が劣勢だった。だが―今は違う」


―50年前。ニチモトとナカグニで戦争が勃発した。

ほんの些細な火種は業火となり、血生臭い泥試合の末―ニチモトは

敗戦寸前に陥っていた。

それでもまだニチモトが健在しているのは、仲介にベイコクが参入し

互いの冷戦調停を結ばせたからだ。


しかし、戦争と言うのは

完全に勝敗が定まらない限り

何時までも「自分が勝者」と言う妄想を追いかけ続ける。

例えその時ニチモトが劣勢だったとしても、もしかするとナカグニに勝てるという

妄想を信じていたに違いない。


死ななきゃ、負けなきゃ、何時まで経っても

現実が分からない。

それが人間の悪い所だ。


―……『俺、だって』


「今は違う……ねー、再戦して勝てる確信があるとでも?」

「歳を重ねて朦朧としているんじゃないか?と疑っているんだろう」


正直、年寄りの冷や水とは思いたい。

しかし遠回りばかりする彼の言葉に、ニチモトが今戦争を起こしても

必ず勝てると言う保証を恐らく持っている。

だとしたら?簡単な事だ―戦争をすれば良い。

多少の血は流れようと、尖閣がそこまで勝利に確信があるならば

戦争を始めてしまえば良い。


「しかし、戦争をするには。何かが必要だと君も知っているだろう」

「……」

「国を最終的に動かすのは、神室だ。その言葉と調印をもってして―初めて軍を動かせる」



確か、50年前も。

神室の調印と、開戦の意思をラジオ越しに聞いた。

その時「ああ戦争が始まるのだな」と思って、まだ他人事と思っていたけれど

残念な事に俺の元にも「戦争の刃先となれ」とばかりに赤紙が届いた。


それで―……それで?

ああ、今は面倒だから。その話は後だ。


「律儀だなー。どうせ金貰って生きてるだけの神室の言葉も調印も無視して戦争すればいいのに」

「ニチモトの始まりは、神室を崇拝する狂気だと思っている。神室こそが軍だけでなく国民も動かせるのだ」


それは、一理ある。

独裁的な存在があって、半ば狂気じみてきた組織と言うのは

本来の力量を超える「錯覚」に支配される。

それは「死」と言う概念を喪失させた、無知に近い。

例え神室という支配概念があったとしても、ニチモトには当時それだけの力が

伴ってなかったから劣勢になった。

しかしその存在が死へたどり着くまでの終始、ずっと傍らに居たから―


敗北という恐怖を、全ての国民や軍人に麻痺させたのだと思う。


だからこそ、尖閣も

もう一度ナカグニと再戦するにあたり、神室の存在を不可欠としている。

なのに信近以外の神室の一族は全て殺された。

戦争を起こそうと言う奴が、存在を必須とする神室を殺すだろうか?


「軍を動かす調印も、再戦の準備も滞りなく―スムーズにいくはずだった」

「という事は乗り気だった、って事か?」

「まあ……勝てると言う確信を神室に信じ込ませたからな」


―尖閣は、戦争に勝てる切り札を所持している。

それを神室に提言し、神室を再戦へと動かした。


しかし「信じ込ませた」と言う彼の発言からして

如何に今の神室の頼りなさが露呈したか。

もはや神室と言う名前だけが飾りのようで、確かに崇拝的な要素は持つにしろ

誰かの言葉で軽く動く一族を、この国のシンボルとは思いたくない。


ニチモトも、密かに落ちぶれていたのだな。

いや、落ちぶれていたのは―神室か。

拘束されたままの信近に軽く同情した。


「でも、その時を迎えずして―信近様以外の神室は殺された」

「確かに聞いた限りでは、お前が神室を殺す利点など無いな」

「そういう事だ。あと一歩の所で…兎も角、信近様の生存を確認して、御身を確保しようとした」


しかし、あのヒステリーは

信近を護衛してほしいと依頼した。

という事はヒステリーには信近を尖閣の手から阻止する大義名分があった訳か。


恐らく唯一生き延びた、信近を神室の代表として

再戦に向かって国を動かそうとした。

だとしたら?そう目論む尖閣の意に反して信近を彼の手から護衛しようとした

ヒステリーの意図はその逆を示す。


―彼女が戦争を、望まない。としたら?


「……お前がどんな切り札を持っていようが知らないが、そこまで言うなら戦争に勝てる確信があるんだろう」

「しかし―冴木、お前も気づいていよう。信近を私から遠ざける存在が何を考えているか」

「戦争を望まないという事か?まあどうせ『また負ける』と思って危惧しているのだろう?」


50年前の戦争の劣勢的な状況を

あのヒステリーが知っていたかは、定かではないが

恐らく彼女は尖閣と反する思想、戦争を阻止する側の立場。

そして多分……その動きは彼女一人のものではないはず。

集団か組織か、いずれにしても「反戦争思想」の派閥があるという事だ。


信近、翻弄されまくってるな……かーわいそうに。


「反戦争の思想家集団がこの国に隠れて存在している、という事は聞いていた。恐らくその手の一人がすぐさま信近様を保護したのだろう」

「俺を訪ねたそもそもの発端までは知らないが、ともかくその一人が俺に護衛を依頼してきた」

「信近様の行方を調べていくうちに、君の存在が浮上していた。だから暫く様子を見ていたのだ」

「そりゃどうも。どの道護衛なんて却下してたさ、悪いがこの信近を自由にしてついでに俺も自由にしてくれ」


尖閣には戦争の勝利に繋がる切り札がある。

そして今拘束された状態で信近が居る。

スムーズにいけば再戦の火蓋は容易に切れよう。

例え反戦争組織の存在があるにしろ、戦争が出来る準備が今ここで全て整っている以上

俺に何を求めるか―?


俺から言わせてもらえば

「もう自由にすれば」だ。


投げ捨てたと思われても良い。拘束されたままの信近を無視し

その部屋を去ろうとした。

尖閣も別に止めようとはしない。


が、その静けさが逆に気になって

荒ぐ歩調が一瞬緩んだ。



『御国のために、必ず勝ちます』


尖閣の確信は、その妄想じみた狂言も

決して不可能ではない―はず。


―その時。


「ふ……は、はははは」

「……」


俺の背後で、尖閣の笑い声が聞こえた。

振り向けば確かに、彼は笑っている。

何が可笑しいのか、滑稽なのか。

彼が欲するものはもう揃っている。何一つ不服も不平も無い。


だから笑うのか。

信近の護衛を拒む意思を見せた俺の言葉に、もう目の上のたんこぶも無いと

安堵したのか。


いずれにしても何が理由で笑う彼を理解できないまま

俺は再び視線を前に向け、去ろうとした―



―……


『吸血鬼を辞めるだって?馬鹿な事を―気でも狂ったか』



「……っ!?」


―ガスッ!


一瞬、目の前に「誰か」を確認してから

視線を合わせようとした瞬間

腹部に重たい衝撃が走り、気が付けば身体ごと吹き飛ばされ

巻き添えをかわした尖閣の足元に全身叩きつけられていた。


「ぐはっ!?」

「おや……帰るのではなかったかな?」


刹那に見た、身体を吹き飛ばした相手を脳裏で疑う俺を

杖で軽く諌める尖閣。

一瞬だから、定かではない。しかし―


「奴」が、此処に「居る」事を、疑いたくなった。


その人は―


「……吸血鬼は、辞めれたかな?」

「……き、さまは……」

「ああ痛かっただろう。とても、横暴な事をした。ごめんよ……涼」


その人は―その、「化け物」は


「……何故、此処に居る!ファースト!」


俺があの時撃ち殺したはずの、ファーストだった。

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