第4話 宵闇・山へ向かう道

“ピアッサー”の視線が、ミシェルの体を這い廻る。

「山賊さんたちもなかなか美味しかったけどね……」

青年の眼に悪意はない。

ただ、「食材」の品定めをしているだけなのだ。

「きみみたいに活きのいい人を『吸った』らどうなるだろ」

針の魔人の声に、俄に熱がこもった。


「ねぇ、どうなっちゃうんだろう!?」


突き出された針に、ミシェルは反応できなかった。

走馬灯がよぎる間も無くその先端は金髪の剣士に迫り――その脇をすり抜けた。

「ぐっ……!」

呻き声があがったのは、ミシェルの後方からだ。

振り返る眼に映ったのは、胸を貫かれた“強面”の姿だ。

剣を振りかぶっているところをみると、ミシェルの影からレイフォルスに襲いかかろうとしたのだろう。

それを見逃す“ピアッサー”ではなかったというわけだ。

「お止めください!」

生気を吸われてゆくマードックの体を、ミシェルは恐るべき針から引き抜いた。

干物になるのは免れたものの、地に倒れた時には山賊の頭目はすでに事切れていた。

「こんな……惨い」

死体を見下ろすミシェルの表情は痛ましさに揺れていた。

確かに彼らは悪人ではある。

だが、このやり方は生命に対する度を超した冒涜であるように、彼女には思われるのだった。

ミシェルは視線をレイフォルスに向けた。

その瞳に決意を込めて。

「自らの力を増すために、敢えてこのような殺し方を……貴方ほどの英雄が何故?」

「僕は英雄なんかじゃないよ」

即座にレイフォルスは否定した。珍しく強い調子だ。

「きみたちが勝手に言っているだけさ――僕は別にどっちでもいいんだ」

「どっちでもいい?」

「そう。『吸わせて』もらえるなら、“彼ら”でも“きみら”でも構わない」

ミシェルは絶句した。

「ただまぁ、悪者を相手にしたほうが角が立たないでしょ?」

そうして人々に害を為すものを吸い続けるうちに、「英雄レイフォルス」の名声が確立されたのだという。

我知らず、ミシェルはレイフォルスから距離を取っていた。

レイピアを握る手に力がこもる。

彼は一体なんなのだ?

眼前の、細身の青年には、罪悪感であるとか倫理観といったものがまったく欠けていた。


ばけもの――


先ほど山賊が漏らした言葉が頭をよぎる。

確かに今は犯罪者や迷宮に潜む怪物たち――悪者にしかその針を向けてはいないかも知れない。

だが、この先は?

アランをはじめとする村の皆の顔が脳裏に浮かぶ。

野放しにするには、レイフォルスは危険過ぎる存在であると、ミシェルは思い始めていた。

「惜しいですわ」

実感を込めて、ミシェルが息を吐く。

「あれだけの力と――技があれば、どれだけ他人の役に立てるか知れませんのに」

魔針がもたらす力だけではない、“ピアッサー”の強さの秘密を、“華の剣”は見抜いていた。

最初の男を葬った時の踏み込み。

地面に残った足跡の深さが、その強さと鋭さを物語っている。

そしてあの突き。

確かに、針そのものの硬さも大したものだろう。

しかし、あの貫通力は驚異的な手首の捻りなしにはありえない。

足場を強く蹴り、踏み込む。

結果生まれた力を無駄なく足元から手先まで伝え、捻りを加えて先端で爆発させる――

「突き」の基本にして究極だ。

更には、時間の感覚がずれるようなあの動き。

それは予備動作がないことから生まれるものだ。

ミシェルの場合、攻撃を読まれないために、変則的なステップとフェイント――「舞い」の中にそれを隠す。

だが、レイフォルスの場合、恐るべき膂力も手伝ってか、察知できないレベルにまで予備動作を省くことができるのだ。

究極の突きとその動き。

どちらも長い、絶え間ない修練によってしか身に着け得ないものだ。

だからこそ惜しい。

そして、その力と技が無軌道に振るわれるのであれば、見過ごすことはミシェルにはできなかった。

「ふうん」

レイフォルスの笑みが深まったようだ。

「お見通しってわけか。さすが“お転婆アルテ”の曾孫さんだ」

山賊どもはすでに逃げ散っていた。

いつの間にか陽は山々の向こうに身を隠し、満月の冴えざえとした光のみが、暗闇の幕に二人の姿を浮かびあがらせている。

「僕は山に登らなくちゃならない」

ミシェルと対照的に、“ピアッサー”の口調に気負いはまるでなかった。

世間話でもするように、言葉を継ぐ。

「きみも、僕の“糧”になるかい?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る