ピアッサー

レイフォルスと山賊達の距離が、徐々に縮まってゆく。

膨らみきった、緊張という名の風船を破裂させたのは“強面”の声だ。

「やれ!」

その叫びに呼応して、山へ続く道の先、木々の間から、黄色がかった光球が飛来した。

それが魔力のこもったものであることを、ミシェルは看破した。

と、見る間に魔法は高速で宙を飛び、“ピアッサー”に着弾した。

レイフォルスの体が、痙攣するように震える。

もしもの備えとして、山賊たちは魔導師を伏せておいたというわけだ。

魔力光の色からして、呪文は恐らく「衝撃(ショック)」か「麻痺(パラライズ)」――

それもなかなかの威力を備えたものであるように、ミシェルには思われた。

作戦の成功が山賊どもに安堵をもたらしたが、それは長続きしなかった。

少しだけよろめいたレイフォルスが軽く頭を振る。

そして顔を上げると、そこにはまだあの笑顔があった。

その唇はなお歌を口ずさみ続けている。

こうもあっさり抵抗(レジスト)されるのは計算外だったろうが、マードックの目はまだ森の中――魔導師の方を向いていた。

二の矢、三の矢を期待してのことだろう。

そうミシェルは見たが、魔法が飛んで来る気配はなかった。

「無駄だよ」

「歌い」終えたレイフォルスが告げた。

「大きいの(精霊魔法)は使えない――『まどろみの歌』で、このあたりの精霊さんには眠ってもらったからね」

「――『呪歌』か……」

絶望を込めて、マードックが呟いた。

“ピアッサー”が口ずさんでいたのは呪歌だったのだ。

最初にマードックがちらりと送った視線。

ミシェルが気付いたものを、レイフォルスが気付かないはずがない。

しっかりと対策を打たれたということだ。

だが、まさかレイフォルスが呪歌を、それも「楽譜」のない、「書かれざる歌」を歌いこなすとは。

「歌い手」としての能力も、彼は備えていることになる。

森の方から物音がした。

草木を掻き分けて、何かが遠ざかってゆく気配――魔導師に違いなかった。

だが、レイフォルスにはそれを追うつもりは無いようだった。

魔法が使えない魔導師などいつでも狩れる、ということだろう。

「残念だったね」

さほど気の毒そうでもなくそう言うと、“ピアッサー”は初めて自分から仕掛けていった。

――抗う術をなくした獲物を屠るために。


それはほとんど無意識の動きだった。

気が付くと、ミシェルは山賊達と“ピアッサー”の間に割り込んでいた。

「お止めください!」

両手を広げて叫ぶ。

死を覚悟した長い永い一瞬――

果たして紅き魔針は止まった。

その先端とミシェルの額に、わずか間一髪置いただけの位置で。

「何? きみ」

興を削がれた風でレイフォルスが訊く。

彼の恐るべき武器がゆっくりと下がっていった。

「わたくしは――」

言いかけたところで、レイフォルスがぽん、と手を打った。

「ああ、あのシスターさんだぁ。像のところにいた。ね、そうでしょ?」

「はい」

答えながら、ミシェルは面食らっていた。

あまりに邪気のない表情と態度。

今の今まで山賊どもを一方的に――おぞましいとも言えるやり方で――屠っていた男とも思えない。

年齢も彼女より二つ三つ上――20代前半に見えるのに、話し方はまるで十も下の子供のようだ。

「わたくしは、この辺り一帯を治めます領主の娘、ミシェル・アルタベルテ・ドゥ・トゥアールと申します」

ミシェルは名乗った。

それにふさわしい状況かどうかは怪しかったが、名乗らないわけにもいかない。

「わたくしどもをお救いいただき、感謝の言葉も――」

「アルタベルテ?」

遮って、レイフォルスが訊いてきた。

「は、はい」

レイフォルスの意図ははかりかねたが、ミシェルは答えた。

「四代前の領主で、わたくしの曾祖母にあたる方からいただきました。――なんでも大層な女傑だったそうですわ」

「ふーん」

レイフォルスはミシェルを見つめた。

足の先から頭まで、忙しく視線を動かす。

やがて納得したかのように頷くと、“ピアッサーは口を開いた。

「なるほどね。で、その『アルテの曾孫』さんが、何故僕の邪魔をするのかな? ――せっかく悪い山賊さんをやっつけるところだったのに」

変わらない、明るい口調。だが温度は低かった。

極地の冬に射す陽の光のようなものだ。

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