第3話 ピアッサー
「レイフォルスさま!」
ようやく追い付いた背中に、ミシェルは呼び掛けた。
アルゼスの山々を抜ける道の手前、草原が途切れて森へと繋がるあたり。
ちょうど広場のようになっているその場所で、探し求めていた男は山賊どもに囲まれていたのだった。
ミシェルが戦った男達よりもさらに屈強そうなならず者が五人。
それが、彼女の声に弾かれたかのように一斉に動いた。
まだ遠い間合いを、一気に詰めようと――
ー―ふと、ミシェルを違和感が襲った。
名高いレイフォルスの武器、直前までだらりと下げられたままだったはずの巨大な針が、いつの間にか地面と水平に持ち上がっていたのだ。
むしろゆったりとして見える動きで、レイフォルスはその正面の男に向かって踏み込んだ。
そして突く、というより吸い込まれるように、針の先が男の胸部、防具の金属板で補強した部分に当たり――そのまま背中まで抜けた。
「なっ!?」
あまりの出来事に、男達は――ミシェルも――凍り付いた。
厚みはないにせよ仮にも金属の板だ。
そしてその内にある人の体――脂肪、筋肉、内蔵に骨――それらがまとめて、何の抵抗もなく、熱したナイフでチーズを切るよりもやすやすと貫かれてしまったのだ。
“ピアッサー(貫くもの)”。
その異名の意味を、眼前の光景が百の言葉より雄弁に語っていた。
あの、時間の流れを歪めたかのような動きといい、まるで悪い夢でも見ているようにミシェルには感じられた。
だが、これを悪夢というのなら。
それはまだ始まったばかりだった。
ビクン!
“レイフォルスの針”に貫かれた男の体が、大きく痙攣した。
銛で突かれた魚のように。
巨大な針の、ちょうど真ん中辺りで痙攣を繰り返すうちに、その体に異変が現われた。
20代後半から30代と見える男の肌が急速に張りと血色を失い、干からびてゆく。
見る間にしぼんでゆく体。
そして、それを貫いた魔針は、鈍い銀から徐々に色を変えていった。
赤く、紅く。
血よりもなお真紅(あか)く。
ーー薄暮の世界を、しばし静寂が包んだ。
その場に立ち尽くす人間たちはおろか、鳥や獣、草木すら息を呑むようだ。
く……
しじまをかき乱したのは、喉を鳴らすような音だ。
くくく……
嗤い声。
無邪気な子供の表情で、魔針の主が嗤っていたのだ。
「……漲ってきた」
呟いた刹那。
「ひいぃっ!」
引きつった声をあげ、山賊の一人がレイフォルスに襲いかかった。
完全にパニックを起こしている。
笑顔はそのまま、“ピアッサー”は無造作に得物を振った。
哀れな犠牲者は串刺しになったまま。細い体からは想像もできない膂力だ。
遠心力が作用して、その亡骸は紅い針から開放された。
そのまま宙を飛び、襲って来た山賊にぶつかる。
ぎゃっ、と喚いて、山賊は尻餅をついた。
亡骸を抱き抱える形になっているのに気付き、慌ててそれを放り捨てる。
その時には既に、針の先端が目の前にあった。
「――!」
悲鳴をあげる暇も与えず、縦に振り下ろされた魔針はまたもあっさりと男の体を貫き、冷たい大地と繋げてしまった。
「ばけもの……」
残った男達の一人が吐き出した声に、レイフォルスはあの笑顔を向けた。
その間にも、新たな犠牲者は干物になってゆく。
「怯むな!」
後退りを始めた仲間を鼓舞したのは、“強面”マードックだった。
恐慌に背を押されるまま抵抗を諦めて逃げ出せば、後は一方的に狩られる運命が待つのみであることを、彼は悟っていたのだ。
何とか間合いを保ち、後は――
半ば自失していたミシェルだが、マードックが――その名を彼女は知らないが――一瞬道の奥、森の方へ視線を送ったのに気が付いた。
――ほどなく人間の干物は完成した。
レイフォルスは地面と「それ」から得物を引き抜くと、山賊達の方へゆっくりと歩を進める。
魔針を地面すれすれ、下生えを蹴散らすようにリズミカルに振りながら。
鼻歌まで口ずさんでいるようだ。
“ピアッサー”が進む分、山賊達が下がる。
だが、潰乱を避けようとするなら、結局はどこかで踏みとどまって立ち向かわざるを得ない。
悪夢に足を掴まれ動けないミシェルは、触れそうなほど周囲の空気が張り詰めるのを感じていた。
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