第2話 夕暮れ・山へ向かう道

“強面”・マードックは苛立っていた。

仲間と共に、旅人らしき若い男を取り囲んだ。

淡い茶色の、癖のある――というよりボサボサの――頭髪、ひょろりとした体付きのそいつは、アルゼスに向かうルートを歩いているというのにザック一つ背負っただけの軽装という間抜けぶり。

背中に差した剣が気になったが、身の丈近くもあるそれを振り回せるようにはとても見えない。

ちょろいカモのはずだった。

金目のものを持っているようにはとても見えなかったが、それはまだいい。

いざとなれば本人を売り飛ばしてしまえばいいのだから。

気に入らないのは、そいつの態度だった。

いかにも山賊然とした、武装した男達四人に囲まれ、金品を要求されているというのに、まるで怖じ気付く気配がないのだ。

それどころか、鼻先にかかるぐらい伸びた前髪からわずかに覗く瞳は、らんらんと輝いているではないか。

まるで何かを期待するかのように。

「だからな」

マードックは辛抱強く自分達の要求を繰り返した。

「大人しく金目のもんを寄越しな。でなきゃ武器を捨てて俺たちと来るか。抵抗するなら――」

「僕を斬っちゃう?」

身を乗り出さんばかりの勢いで、男が訊いてきた。

「ま、まぁそういうことになるな、だから大人しく――」

「良かったぁ」

遮って男は言った。全身で安堵の息を吐く。

子供じみた所作。というより、まるきり子供だ。

「おやつを置いて来ちゃったから、大分お腹を空かせてるんだよね」

脈絡のない男の言葉に、マードックたちはしばし呆気に取られていた。

すっかり男のペースに巻き込まれている。

「あんまり空きすぎて、もう村の人達でもいいかなと思ったんだけど、流石に……ねえ?」

なんだこいつは!?

言い様のない不安を、マードックは覚えた。

男が何の話をしているのか、“強面”には判らなかった。

暑くもないのに、体中を汗が濡らしたそのわけも。

「だから良かった。君達が来てくれて。――山賊さんなら、悪者なら、気兼ねなく吸える――」

いつの間にか、男の手には武器が握られていた。

目を離した覚えはないのに、山賊たちの誰一人として男がそれを抜く所を見た――認識したものはいなかった。

男の武器。それは剣ではなかった。

先へゆくほど細くなる金属の棒。

先端は鋭く尖っている。

「針…」

マードックの横で、仲間が呻いた。

身の丈ほどもある巨大な針。

それを武器として振るう者を、マードックは一人だけ知っていた。

“ピアッサー”……


「レイフォルスさま!」


不意に女の声が響いた。

そしてそれは同時に、殺戮の始まりを告げる鐘の音となったのだった――――

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