「杯と花束亭」にて

そうこうするうちに、夜が明けてきちまった。

そして、アルゼスの山から覗くお日様の光の下で、ミシェルさまの石化が始まったんだ。足下からゆっくりとな。

領主さまも、最後には娘の説得に回った。確かに形の上じゃダルマスは良い結婚相手だからな。

ああ、そうだ。もちろんミシェルさまは承知しなかった。なにしろミシェルさまだからな。

本当に好きな相手と一緒になれないなら、石になろうと構わない。

そう叫んだんだ。迷いのない、澄んだ眼をしてたなぁ。

その時だ。細っこい腕が伸びて、領主さまの手から羊皮紙をひったくった。

みんなが振り向いた視線の先にいたのは――そう、アランの馬鹿野郎さ。

奴の手は笑っちまいそうになるぐらい震えてた。顔なんか脂汗まみれでよ。

でも、その眼は。

ミシェルさまと同じぐらい澄んでいたんだよ。

その瞳に気圧されて、誰一人動けない。

そして「歌」が――ああ畜生、「歌」が聞こえてきちまったんだよ。

声は震えて掠れて、調子っぱずれでよ――でも、おれはあんな見事な歌は聞いたことがねぇ。本当さ。どんな吟遊詩人も、あれにゃあ敵うまい……


……「なりかわり」の効果はすぐに現われた。

ミシェルさまの石化は解け、今度はアランが足下から急速に固まっていった。

駆け寄るミシェルさまに、アランは何とか微笑みかけようとしたんだろうな、ほら、あの表情さ。

石化は止まらず、すがりつく幼馴染みに、アランは声をかけた。

「きみが無事で良かった」

ってな。

「愛してる」ぐらい言えば良かったのによ。まったく、最後まで気が利かねぇったら……

……そしてアランは石になり、ミシェルさまはその日のうちに髪を切り、教会に入った。

これが、「勇気の像」にまつわる物語さ。


……え? 解呪の方法はあるハズだって?

まあな。おれだってこんな商売やってるからにゃ色々情報は入ってくる。

その中からいけそうなのを試しちゃみたが、さっぱりさ。お手上げだよ。

……血か。そうだな、術者の血で呪いを解くってのは良く聞く話さ。

けどな、そいつが一番ありえねぇ。

相手はあのダルマスだぞ? 血だって一滴二滴でいいわけじゃねえ、どうやって手に入れるってんだ!?


……おい、何だそりゃ。汚れた布切れなんぞカウンターに置かれちゃ……

待てよ、これ血か? ダルマスのものだって!? まさか……

いや、そりゃ試してみたって損はねぇが。しかし、これがダルマスの血だとして、どうやって――


――“ピアッサー”・レイフォルス。


まさか、本物……

ちょ、ちょっと待っててくれ、すぐにこいつを試してくるからよ。

おい!しばらく店空けるからな!

あんた――レイフォルスさん、レイフォルスさま。

待っててくれよ。上手くいったらこの店で一番上等なワインおごるからよ!

おーい、司祭さま!ミシェルさま!みんな聞いてくれ…………



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