「杯と花束亭」にて

ところが、だ。

ふた月前のことさ。「ファロスの花待ち祭り」の晩に、新たな求婚者が現われた。

最低最悪のやつだ。

ダルマス。“魔術大国”・ハラルコンから来た魔導師さ。

あんたも噂を聞いたことぐらいあるだろう? 呪術が得意で、おまけに「十傑」の弟子ときた。

どこぞの貴族のドラ息子よりタチが悪いぜ。

やつは「花の舞」の準備をしているミシェルさまの前に進み出て、あの人を問い詰めた。

どうやらあいつが何度か送った手紙を、ミシェルさまは全部無視してたらしいんだな。それで業を煮やしたダルマスは、直談判に来たってわけだ。

やつは見てくれは良いが、人柄の悪さが滲み出ててな、ミシェルさまじゃなくたって結婚相手には遠慮したくなるだろうさ。

アランのこともあるし、ミシェルさまは当然突っ撥ねた。

ところが野郎は諦めない。そして、押し問答の末、無理矢理あの人に言うことをきかせることにしたのさ。

――自分の得意技でな。

ダルマスは持っていた杖を掲げると、何ごとか呟いた。

すると、なんとその杖が蛇に姿を変えやがったんだ。

止める間もあればこそ、蛇はミシェルさまの首筋に噛み付いた。

ミシェルさまはすぐさまはたき落としたが、時すでに遅し。呆然とする彼女に向けて、魔導師の野郎は宣言した。

「三日もすれば石になる呪いだが、我が妻になるなら解いてやろう」

とな。


一瞬の間も空けず、ダルマスの頬が鳴った。

ミシェルさまだ。小気味のいい平手打ちだったぜ。

しかしダルマスは怯まない。嫌な笑みを浮かべると、こう言いやがった。

「三日待つ。石の像になる前に色良い返事を聞きたいものだな」

……おれたちはやつを止めることはできなかった。ミシェルさまが手出しを禁じたのもそうだが、白状しよう、みんな怖かったのさ。あの野郎に手出しをするのが。

そうして、ダルマスは去って行った。

去り際に、「せめてもの慈悲だ」と一枚の羊皮紙(かみ)を置いてな。

後には絶望だけが残された。

魔法をかじってたよろず屋んとこの三男が何とか解呪を試みたが、上手くいくわけがない。お手上げさ。

楽しい祭りの夜のハズが、すっかり葬式の雰囲気になっちまった。

羊皮紙? ああ、あれがあの野郎の性格の悪さをはっきりと物語ってたぜ。

そこに書いてあったのは、「呪歌」さ。「なりかわりの歌」だ。

つまり、身代わりに石になるやつがいればミシェルさまは助かるってわけさ! 見上げた慈悲深さだぜ。

そこからは押しつけあいさ。「歌う」のは誰でもいい。なんて書いてあるのか判らなくても歌えちまう――それが「呪歌」だからな。

いくらミシェルさまが好きでも、代わりに石になってやろうなんてやつはいやしない。情けない話だがな。

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