幻影想界

ぼぶちゃう

第1話「杯と花束亭」にて

やあいらっしゃい。見ない顔だね。

遊歴の剣士か冒険者ってとこかい? 酷い目にお遭いなすったか随分とまぁボロボロだねぇ。

この店じゃ客のナリにはうるさかないが、背中の物騒なもんは預からせてもらうぜ。

ほいっ……と、こりゃまた細長い剣だねぇ。

え? 剣じゃない? 針みたいなものだって?

……ははぁ、判った、アレだ。駆け出しが有名人にあやかろうってやつ。

“ピアッサー”・レイフォルスの真似だろ? こないだ「帰らずの迷宮」を堕としたそうじゃないか、憧れるのも判るよ。

は? 本人だって?

馬鹿言っちゃいけない。あんたみたいになよっちいのがピアッサーなら、おれなんか聖王さまだよ。

……はいはい、ムキになるなって。判ったよレイフォルスさま。とりあえずエールでいいのかい?

はいよ。つまみはちょいと待ってくれ。見ての通りの混みようでね。

ああ、そうさ。「勇気の像」。広場に飾ってあるやつだ。

何もないこの街が、あれのおかげですっかり有名になっちまってね。

商売人の立場からすりゃ嬉しいが、この街の住人としちゃ複雑な気分さ。

なに? あんた謂れを知らないのかい。

……よっしゃ、これも何かの縁だ。おれが詳しく教えてやるよ。

ああ、確かに忙しいが、構わないさ。新規の客の相手をするのも、店主の重要な仕事だからな――


「勇気の像」。あんたその表情(かお)拝んで来たかい?

そう。今にも泣きそうな半笑い。勇気の名にゃあそぐわない。

けどな、あれは間違いなく勇者の姿なのさ。


この時間なら、像のそばにシスターが居たろう? 年若い美人がさ。

あの人は、実はここの領主さまの娘さんでね――そう、“華の剣”・ミシェルさまだ。

知ってるってことはあんたも剣術大会見たのかい? 去年の大会じゃ大活躍だったからなぁ。

並の男じゃ束になっても敵わない強さに加えて、おれら街のもんにも気さくに声をかけてくれる優しさ。それでもってあの美貌だろ?

この国(ファレリアス)はもちろん、“剣の帝国”・キルギランの貴族の若様、果ては“自由都市”・オーザリートのゴーレム乗り(ドールドライバー)まで。

西ファレリア中から求婚者が絶えなかったもんさ。

けど、ミシェルさまは一向に首を縦には振らなかった。惚れてる男がいたからさ。

ミシェルさまは上手く隠してるつもりだったかも知れないが、騙せたのはご自分の父上ぐらいのものさ。

そいつはアランっていってね。お屋敷に出入りの庭師の息子で、金も力もない優男――なんでそんな奴に惚れたのか仲間うちで不思議がったもんさ。

何しろアランってのはいつもオドオドしてて、気が利かなくて――まぁ庭師としちゃ腕が良くて、素直な奴なんだが――とにかく、そんな冴えないガキ……っと失礼、口が悪かったな。ファロスさまお赦しを。


……どこまで話したっけ? ああ、そうそう。とにかくあの二人は何故だか子供の頃から仲が良くってな。

そりゃ身分の違いはあるが、田舎貴族の末娘が平民に嫁ぐってのは無い話じゃなし、いずれミシェルさまがお父上を押し切っちまうだろうって、みんな噂してたもんさ。

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