第16話 猫はじめました 03
茶屋の軒下で、高地の涼やかな風を浴びながら食べる団子というのは格別である。少し冷えた体に染み込むように吸い込まれていく熱いお茶もまた格別である。
つまり、峠の茶屋は格別である。
「おいしいですか?」
「うんっ」
もぐもぐと一心不乱に口を動かしながら、健乃は大きく頷いた。いつもはどこか達観しているというか、感情表現に乏しい彼女が鋭い頷きを見せるのは結構珍しい。
突然のサプライズ団子が余程嬉しかったらしい。
この幼女、攫われるとしたら絶対に食べ物につられてに違いない。
「一つ聞きたいのだが」
既に分け前の団子一つを食べ終え、定位置である健乃の頭の上へと戻ってのんびり涼風を堪能していたタニシが、ふと思いついたように口を開く。
「何でしょうか?」
ありふれた湯呑を両手で持って口元へと運ぶ所作すら、彼女の品行が極めて優れて正しいことを示している。どこのご令嬢であるのかはわからないが、お供の一人も連れずに峠の茶屋に訪れていることが不自然に思えるほどだ。
「どうして我々に団子を? ご馳走してもらう理由などないと思うが」
食べた後になって聞く辺り、タニシもなかなかに小狡い性格をしている。
「んー……」
女性は少し考えてから、改めて顔を向ける。
「何だか可哀想だったから、というのは納得できませんかしら?」
「同情心からということか。まぁ、少なくともやっちゃんは貧乏人の小娘にしか見えないからなぁ」
「タニシ乗っけてなければお嬢様に見えるもん」
「んなワケあるかっ。むしろ僕が乗っているから神々しい小娘っぽくなっているんだ」
「投げるよっ?」
「よし、とりあえず団子を食べなさい」
一度投げると戻ってくるまでに10分はかかるという使えない飛び道具である。
「面白いですね、貴方たち」
「やっちゃんは変わり者だからな」
お前もだ。
「まぁ正直――」
口の中でクスクスと笑いながら、お茶を一口すすって女性は続ける。
「貴方たちがただの人間だったなら、恵んであげることはあっても一緒に並んで食べたりはしませんでしたね」
「な、何故我々が人間ではないとわかったのだ?」
いや、お前は一目瞭然だろ。
「お姉さんは鬼の人? 人間じゃないよね?」
「あれ、そうなのか? というか、やっちゃんは気づいてたのか?」
「うん、何となく」
タニシは鈍い。色々な意味で。
「あら、よくわかりましたね。普段は一応角は隠しているんで、人間に見られることが多いんですけど。これでも天邪鬼(あまのじゃく)です」
天邪鬼もよく知られている妖怪である。
北上するほど凶暴性が増す妖怪として知られており、人の皮を剥いだり無残に殺したり、鬼としての側面は強い。有名なのは『瓜子姫と天邪鬼』であろうが、瓜子姫の殺し方と天邪鬼の死に方に地域性が見られる。基本的には相手の思惑を読んで反対の行動をとることが大きな特徴であり、現代ではやたらと人の意に反する言動をする者をアマノジャクと呼んでいる。
もちろん彼女は単なるひねくれ者ではなく、鬼の眷属としての天邪鬼である。
「なるほど天邪鬼か。ひょっとしてそれは人の皮を被っているのかな?」
「失礼ですね。正真正銘自分の皮です」
「そうなのか。天邪鬼は人の皮を被るのが普通なのかと思ってた」
「そんな天邪鬼は古代の話です。今は人の世に溶け込んでいますよ」
「なるほど、今や世の実権は人間のものだからなぁ。妖怪にとっては肩身が狭い」
「タニシほど肩身が狭いとは思いませんが」
少なくとも三文で売られることはあるまい。
「ところで貴方はどちらのタニシですか?」
「僕はタニシ長者のタニシだ。知っているだろう?」
「タニシ長者は存じ上げていますが……人間になったハズでは?」
「あれは嘘だ」
皆が幸せになったとしても、嘘の歴史は嘘である。
「そうなんですか。大変ですね」
あんまり興味なさそう。
「で、そちらのお嬢さんは?」
「コイツは座敷童子だ」
「やはりそうですか。見た目通りですね」
「座敷童子のクセに貧乏だけどな」
「それなんだけど――」
言いかけて顔を上げた瞬間、串から外れた団子が一つポロリと落ちる。
「あっ」
白い団子は膝に当たって大きく跳ね、運の悪いことに傾斜のある地面へと飛んでいく。
「待って!」
砂と小石に塗れながら転がる団子を追いかけて、健乃が勢いよく立ち上がって駆け出す。
「あ、こら、急に立つな!」
タニシは必死に捕まるが、髪の毛の先にぶら下がるのがやっとだ。
「だってお団子が!」
少しだけ頭上を気にして余所見をしたのが、マズかった。
足元への注意が疎かになった瞬間を狙っていたかのように小石が横から飛び出し、ものの見事に彼女はけつまづく。
ビターンと、ある意味芸術的に顔から着地。頭に乗っていたというより、髪の毛にしがみついていたタニシは、まるでモーニングスターよろしく地面に叩きつけられた。
パリンと、小気味良い音が響く。
次いで、にゃーんと猫が鳴いた。
「はっ」
健乃が地面から顔を剥がすと、タニシも地面から引き上げられる。
「いやぁ危ない危ない。貝がなかったら即死だったぜ」
「……あっ」
「どうしたやっちゃん、まるで借金のカタに売られたみたいな顔をして」
不思議に思い、タニシは健乃の視線を追う。
そこには皿があった。
赤い実と青い鳥が白い皿に良く映える。
いや、そんなことは問題ではない。問題なのは、それが猫のエサ皿であり――
「綺麗に真っ二つだぜ」
見事に割れていることだった。
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