第13話 カチカチ山殺人事件 11
※ご注意 本作はミステリー作品ではありません。その証拠にミステリータグに属しておりません。あしからず。
お婆さんが出た。化けて出た。
しかし昔話ではよくあることである。
「ようやく真犯人に行き着いたようだねぇ。随分と待たされた気もするが。で、どこの名探偵さんが解決しなさったのかね?」
そう言って見回すものの、見慣れないご新規さんは幼女とタニシだけである。
「あぁ、狸の息子が敵を討ったってところかえ?」
「いえ、兎が自首しました」
「しましたしました」
タニシの言葉にお婆さんは唖然とする。
「……何だい何だい、あんなにわかりやすく証拠を残してやったってのに、最後は自首かい。道理でやたらと時間がかかったワケだよ」
「証拠?」
お爺さんが首を傾げる。心当たりは全くないようだ。
「左手に兎の毛を握ってたハズだが?」
「そう、だったか?」
「右手で炭を使って兎の絵を描いておいたぞ」
「次の日には綺麗に掃除したからなぁ」
「遺品はどうじゃ。文箱に残した兎のしでかした数々の悪事の記録が残っておったじゃろ?」
「あー……見るなって書いてあったからそのまま燃やしてもうた」
「このアホジジィ!」
「いやすまん。すまんかったって」
「しかもよりによって犯人に相談して狸のせいにするとは、情けないにもほどがあるわっ!」
「申し訳ない」
幽霊に説教されて小さくなる筋肉ダルマ、異様な光景である。
「これだからお爺さんはダメなんじゃ。前から言うとるだろ。もっと他人を疑えと。人が好過ぎて信じるだけのヤツなんぞ、利用されて捨てられるだけじゃ。少しくらいあの兎を見習え!」
「いや、兎くんは良いヤツだぞ」
「そんなんだからダメなんじゃっ。人一人殺して三か月に一回は他人の家を燃やさないと気が済まないような兎が、まともな神経しとるハズないじゃろが!」
「え?」
再度兎に注目が集まる。
カチカチカチカチカチカチカチ。
近くの石を拾って打ち鳴らしていた。相当にストレスが溜まっているようである。
「そいつはな、もう何年も他人の家を燃やしてきたんじゃよ。それをこの婆に知られ、だから殺したのさ」
「そ、そうだったのか」
「おいババァ、いい加減にしとけよ。自分が一方的な被害者みたいな――」
「おっといかん。天界で人を待たせているのでな。もう戻るよ」
「おいこら、逃げるなババァ」
「ではな。爺さんは長生きしろよ」
大急ぎでお婆さんは天へと還っていった。
「くそっ、言いたいことだけ言って逃げやがった!」
兎は舌打ちして石を地面に叩きつけた。
「兎くん……」
「兎さん……」
本事件の被害者二人は同情的な眼差しである。それがあまりにも痛々しく思えて、兎は大袈裟に一つ溜め息を吐いた。
「あぁもう、そんな目をするな。別に俺はそんなに可哀想じゃねぇよ。お前らの方がよっぽど気の毒だ。少なくともあのババァと狸の親父を殺したのが俺だってのは事実だからな」
「えっ、マジで!」
「うそ……」
タニシと健乃、大ショックである。
「お前らに驚かれる方が驚きだわっ。俺を疑ってたんじゃなかったのかよ!」
「いや全く」
「ただ赤いものが好きな変態さんなのかと」
それはそれで失礼な話である。
「それにしても兎くん、どうしてこんなことを?」
「まぁババァの言ったことは概ねその通りだが、お前らが納得できるくらいの言い訳はさせてもらおうか」
そう言って兎は叩きつけた石を拾い上げ、カチカチと鳴らして落ち着きを取り戻すと、幾分穏やかな口調で語り始めた。
「俺が放火をしてたのは事実だ。まぁ病気みたいなもんだと思ってくれ。それをあのババァに知られた。そこまではアイツの言った通りさ。だがあのババァ、それをネタに俺を強請ってきやがった」
「ひょっとして、それが理由で?」
狸の言葉に兎は首を横に振る。
「いや、小銭目当てだったからな。受けることにした。アイツもその金で爺さんに内緒で小姓喫茶に通っていたからな。迂闊にしゃべれば自分の立場も危ういってわかってたんだろう」
説明しよう。小姓喫茶とは年頃の美少年を集めてご婦人方を接待する喫茶店で、言うなればホストクラブである。
「だが、狸の親父が知っちまったのさ、あのババァの男遊びを。だから爺さんに狸を捕まえさせ、殺そうとした。そうとは知らない俺は、知り合いだった狸の親父を助けたんだ。それをババァは裏切りだと思ったらしくてな。全てばらすと言ってきやがった。それがババァを殺したキッカケだな」
「なるほど、お婆さんがいきなり狸鍋を食べたいと言い出したと思ったが、そういうことだったのか」
当時を思い出し、お爺さんは納得する。
「となると、私の父を殺したのは?」
「あのババァの秘密を握っていることに後になって気づいてな。俺の秘密が漏れるのも時間の問題だと思った。何しろアイツは正直者で嘘が吐けねぇ。爺さんから相談も受けていたし、俺が助けなければ鍋になっていた命だ。悪役にするには都合が良かった。正直、お前には済まないことをしたと思っているよ」
「いいえ、本来憎まれていると思っていた兎さんが妙に色々とお世話をしてくれたことが少し疑問だったのですが、むしろスッキリしました」
「ホント、お前は親父にそっくりだな。嫌になるぜ」
そう言ってニヤリと笑い、兎は背を向ける。
「兎くん、どこへ?」
「ちょっと役人のとこへ行って洗いざらい話してくるさ。これでもうお前らの間にわだかまりはねぇだろ。せいぜい仲良くしろや」
こうしてカチカチ山殺人事件は本当の意味で解決したのである。
「狸くん、親父さんのこと、本当に済まなかったね」
「いえ、ウチの父もご迷惑をおかけしました」
お爺さんと狸は歴史的和解を果たし、その右手を握り合わせる。ちなみに、狸の右手は変形することも爆発することもなかった。
「うむ、昔話の闇が、これで一つ解決したなっ」
「大して何もしてないけどね」
「そんなことはないぞ、僕らは頑張った。ご褒美をもらってもバチは当たらないくらいだ」
「はいはい」
健乃はちょっと楽しそうに微笑んだ。
「ではやっちゃん、帰ろうぞ」
「そうだね」
「愛しの我が家に」
意気揚々と、一人と一匹の足取りは軽い。
どこまでも晴れ渡る、この空のように。
どっとはらい。
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