第12話 カチカチ山殺人事件 10
ざっぱーん。
崖にぶち当たった波が飛沫を上げ、淡雪になって溶けていく。
その断崖絶壁の先っぽに、石を積み上げただけの粗末な墓と、一人の筋骨隆々とした老人が佇んでいる。海は青々としており、雲一つない空を映しているように見える。
快晴だ。
「いやぁ、お待たせしました」
そこに現れたるはタニシと座敷童子と狸と兎という人外パーティ。これで全てのパーツが集まったことになる。
舞台は断崖絶壁、つまりここからが解決編である。
「おや、誰かと思えば婆さんじゃないか」
ご近所のシマさんにここへ来るよう言われたものの、何の用事であるのか全く知らされていないお爺さんは、先日不法侵入していた小さな女の子を見てそう言った。
「すいません。あれは嘘です」
「なんとっ!」
タニシのサッパリしたネタバレにお爺さんは素直に驚く。どうやら本気で信じていたらしい。
「それで、我々を集めて何をしようって言うんですか?」
既に不機嫌なのか、手に持った火打石をカチカチやりながら、兎が口を挟む。朝早くから半ば無理やり連れてこられたからというのもあるだろうが、この場に居合わせること自体を拒絶しているかのような素振りである。
まぁ無理もない。犯人だし。
「皆さんはカチカチ山という話をご存知ですか?」
タニシが語りだす。
「ご存知というか当事者だが?」
お爺さんが大きく首を傾げる。
「何が言いたいんだ、このタニシは?」
「まぁまぁ、そう慌てないでください」
イラついている兎に、タニシはゆっくりとした口調で続ける。
「実はあの事件、まだ終わったワケではないんですよ」
「え、一体どういうことだ?」
「おや、わかりませんか?」
首が傾いたままのお爺さんに向き直るタニシ。
「サッパリだが……」
「簡単な話ですよ。つまり――」
そこで切ってから一同を見回し、一つ深呼吸してから改めて口を開く。
「まだ真犯人が捕まっていない、ということです」
「ですです」
座敷童子も何故か得意気だ。
「いやいや」
真っ先に異を唱えたのは狸だった。
「父が犯人じゃないって、どういうこですか。お婆さんが殺されたのは事実だし、こうしてちゃんとお墓もある。もし父が犯人じゃないというなら、一体誰が犯人なんですか?」
兎だよね。
「そんなの決まっているじゃないですか」
ニヤリと笑い、その視線を筋肉お化けへと向ける。
「お爺さんですよ」
「ですよですよ」
「ワシ……だと?」
「そんなっ、お爺さんが?」
「まぁ聞いてください。そもそもおかしいとは思いませんか。狸さんの父親は当時小さな子供を抱える働き盛りの青年、一方のお婆さんは脂肪すら満足に蓄えていない骨と皮の集まりです。食べて気付かないハズがありません」
酷い言われようである。
「つまり、お婆さんを食べさせられたという話自体が、嘘なんです」
「ですです」
追い打ちやっちゃんがちょっと可愛い。
「ホントですか? お爺さん」
「……確かに、お婆さんを食べてはおらん」
美味しくないからね。仕方ないね。
「そう、お婆さんは食べられてなどいなかったんです。狸さんのお父さんは普通に解放されて、お婆さんは普通に食事の準備をしていた。そこに帰ってきたお爺さんが、捕まえた狸がいなくなっていることに気付きます」
「まさか、それを怒って?」
狸の問いにタニシは首を横に振る。
「多分違うでしょう。少し問いただすだけのつもりだったんだろうと思います。しかし不幸なことに、お爺さんの筋肉は発達しすぎていました」
お婆さん、筋肉に殺される。
「肩を叩いた瞬間にお婆さんは爆散。不幸な事故でした」
いやいや。
「さすがにそれはちょっと」
父親の無実を信じたい狸ですらドン引きである。
「では狸さん、あの筋肉ダルマと握手とかできますかっ?」
「え、できますよ」
「ならやってくださいよ。言っておきますけど手の形が変わってから泣いても遅いんですからねっ!」
「あーっと、一ついいかな?」
困り顔のお爺さんが申し訳なさそうに口を挟む。
「言い訳は署で聞きましょう」
ちょっと言ってみたかった台詞が言えてタニシはご満悦である。
「何ですか?」
代わりに狸が受ける。
「実はワシの趣味は裁縫でな。特に刺繍が好きなんだ」
ザ・乙女チック。
「この手拭いはお手製の自信作だ」
そう言って取り出した逸品は繊細極まりない桜吹雪が舞っている。
「あの手拭いはきっと鉄製なんだ。うんそうだ」
「いや、ちゃんと布だよ? むしろ絹だよ?」
モア・乙女チック。
しかし、このような繊細な仕事をしてしまう筋肉が、お婆さんの肩を叩いて爆散させてしまうだろうか。いやない。
「仕方ない。本件は迷宮入りとする」
タニシは諦めた。
「……あのさぁ」
少し前から顎に手を当てて考え込んでいた健乃が、ふと思いついたように口を開いた。
「どうした、やっちゃん?」
「もしもお爺さんが犯人じゃなかったとしても、お婆さんは食べられてなくて、でも誰かに殺されたのは事実なんでしょ。だったら、誰がどうやって何のために殺したの?」
「そんなの知るか。犯人に聞け」
「そもそも、狸さんのお父さんが犯人じゃなかったとしたら、犯人を擦り付けたってことでしょ。どうしてそんなことする必要があったの?」
「そりゃアレだろ。真犯人だったからだろ」
偶然、全員の目が一点に集まる。
言うまでもない。兎である。
「いやいやいやいや、何言ってんですかっ!」
「そうだとも、兎くんが犯人のハズがなかろう!」
狸とお爺さん、結託。
「そもそもですよ。ウチの父と兎さんは大の親友だったワケで。むしろ父の罪を諫めてくれたと思っています」
「兎くんはワシの悩みを真摯に聞いてくれたのだ。それが犯人などと、さすがに聞き入れられん」
カチカチカチカチカチカチ。
「父が死んでからも兎さんは変わらずに接してくれて、私にとっても恩人なんです」
「婆さんを失ってからも変わらずワシのところへ様子を見に来てくれてな。恩人なんじゃ」
カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ。
「そんな兎さんが犯人のハズがありません!」
「そんな兎くんが犯人のハズがあるまい!」
カチカチガリッ、バキィッ!
火打石が粉々に砕けた。
「あーもうっ、うるせぇっ!」
そして切れた。
「いい加減にしろっ、このお人好し共が!」
兎はズンと右足を踏み出し、頭の毛を逆立てて捲し立てる。
「そうだともっ。このオレが、オレ様が、あのババアを殺した犯人よっ!」
「そんな……」
「し、信じられん……」
狸とお爺さんは小さく首を横に振って拒絶している。
ちなみにタニシと座敷童子は口を開けてポカンとしている。
「その通り、そやつこそが真のカチカチ山の犯人さね」
そこに、新しい声が割って入る。
墓の上に立つ小柄な女性、というかお婆さんは、その大きな目をカッと見開き、節くれだった右手の人差し指を真っ直ぐに兎へと向けていた。
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