第9話 カチカチ山殺人事件 07

 何かしら明確な証拠が欲しい、そんな判断だった。

「よし、出掛けたな」

「ホントに入るの?」

「今更怖気づいてどうするっ」

「だってバレたらきっと首をコキッって折られたり殻をパキッって割られたりするよ?」

「こここ怖くなんかねぇし!」

「そもそも、お婆さんが死んだのってもう何年も前なんだから、それこそ今更家を調べたところで何かが出てくるとも思えないんだけど」

「それは甘いな、やっちゃん」

 頭の上でタニシは得意気に殻を張る。

「どうしてよ?」

「犯人というのは、致命的な証拠というものを残しているものなんだ。そうじゃないと話にならないからな」

「それ、漫画とか小説の話でしょ」

「ウチらだってあの爺さんだって昔話の登場人物だ。つまり、本能的にできないんだよ、決定的な証拠の処分は」

 無茶苦茶な理屈である。

「ホントにぃ?」

「いいから行くぞ。あんまりちんたら探してたら戻ってきちまう」

「もう、しょうがないなぁ」

 何だかんだと付き合いの良い座敷童子である。というか、基本的に暇なのだ。

 こそこそと近づいて玄関の引き戸に手をかけ、そろそろと開――こうとするが動かない。相当に立て付けが悪いらしく、ガタガタと鳴るだけだ。

「むぎぎぎぎきっ」

「ホレ、頑張れやっちゃん」

「少しは、手伝って、よっ!」

「手伝いたいのは山々なんだけどなー、僕タニシだからなー、残念だなー」

「いつか、絶対、つぼ焼きに、してやる!」

 それでも何とか少しずつ動かし、捻じ込むようにして家の中に転がり込む。

 家の中は当然ながら誰の姿もなく、静かで平穏だ。つい先程まで鬼の末裔が居たような気配は微塵もない。囲炉裏に火の気が残っているとはいえ、それ以外はまるで色を失っているかのように落ち着き払って見えた。

「何か冷たい感じがする……」

「生活感がない、という感じだな。囲炉裏に火の気がなければ空き家だと思うところだ」

 一人と一匹の目には、誰かがここで暮らしているようには思えなかった。物が少なく、一部を除いて埃を被っている。使っているところと使っていないところの差が激しい。まるで必要なことを最低限しているだけの場所、そんな印象を受けた。

「おっといかん。雰囲気に呑まれている場合じゃない」

「そうは言うけど、何を探したらいいの?」

「証拠だ」

「いやだから、証拠って何なの?」

「知らんっ!」

 役に立たないタニシである。

「そんなんじゃ何を探したらいいのか――」

「いやはや、鉈を忘れるとは耄碌したわい」

 ガガガッと強引に引き戸がこじ開けられる音と共に、背後から野太い声が響く。確認するまでもない。お爺さんが忘れ物を取りに戻ってきたのだ。

「えっ?」

 健乃が慌てて振り返ると同時に、筋肉に埋もれて落ち窪んだお爺さんのつぶらな瞳と視線が交錯する。

「お前さん……」

 という呼びかけに、健乃の反応はない。

 それもそのハズ、彼女は口を開けたまま、直立不動のまま、頭にタニシを乗せたまま、白目を剥いて気絶していた。

「まさか、婆さんかっ?」

 どうしてそうなる。

「……」

 当然のように返事はない。

「いや、婆さんにしては若いか」

 若いというか子供ですが。

「おいこらやっちゃん、何とかごまか――っておい、気絶してやがる!」

 タニシは耳元まで下りてくると必死な震え声で指示を出すが、そんな言葉が届く道理はない。

「マズいな。こんなんじゃ……いや、むしろ好都合か?」

 タニシは急いで頭の上に戻り、大きく深呼吸してからしばしの精神集中を経て、口を開く。

「そう、ワシは婆さんじゃ」

 しわがれ声はタニシのものだ。しかしそれだけではない。ギギギと、まるでゼンマイの切れそうな自動人形のようにぎこちない動きではあったものの、健乃の右手が持ち上がる。

「やはりそうかっ。久しぶりだのう」

 そのぎこちなさを気にしない程度にお爺さんは喜んでいるようだ。

「少しばかり様子を見にきたんじゃが、元気か?」

「おぅよ。少々淋しくはなったが心配するな。元気でやっとる」

 お爺さんはガハハと豪快に笑った。

「あぁそうそう、少し気になったことがあるんだが……」

「何じゃ?」

「死んだ後のことがよくわからんのだが、あのカチカチ山の話は本当なのかのう?」

 その質問に一瞬だけお爺さんの表情が曇ったことを、一匹は見逃さなかった。

「も、もちろんじゃ。ちゃんと敵は討ったぞ。心配には及ばん」

「そうか。ならいいんじゃ」

「ところで婆さん、今日はゆっくりしていけるのか?」

「いや、もう戻るよ」

「そう言わんと、ゆっくりしていけ」

 お爺さんは玄関で立ち塞がっている。上手い言い訳を考えなければ強引にでも一晩泊められそうな雰囲気だ。気を失っている健乃がもしもここで目を覚ましたりしたら、今度こそショック死しかねない。

「いや、実はな――」

 タニシは必死に言い訳を探し、慌てたような口調で続ける。

「ちょっと厠へ行ってくると言って出てきたのでな。早く戻らんといかんのだ」

 えー。

「そうか。それはいかんな」

 いいのかそれで。

「そうだろう。あまり長いと腹を下したと思われる」

「うむ、待っている相手に心配させてはマズいか」

「いつも快便がワシの売りだからな」

 もう少しマシな言い訳はなかったのか。

「そういう事情なら仕方ないな」

「じゃあまた来るからのっ!」

 そう言い放つなり僅かにできた隙間をブリキロボットみたいな動きで何とかすり抜け、一人と一匹は無事に脱出を果たした。タニシは牛や馬のような家畜を操る術を使えるのだが気絶した人間、というか座敷童子も動かせるとは思っていなかった。ふとした思い付きで九死に一生を得た心持である。

 さて、結局のところ何一つ証拠らしい物を見つけることはできなかったが、収穫がなかったワケでもない。

 カチカチ山には何かしら隠された真実が存在する。

 それは間違いなかった。

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