第7話 カチカチ山殺人事件 05

「というワケで、犯人が確定したワケだが」

「え?」

 ボロ屋へと戻り、近所の狸も呼んで誇張の一切ないささやかな昼食(味噌汁)を終えるなり発せられたタニシの発言を、健乃が聞き返した。

「あのー、犯人というのは、一体何の犯人ですか?」

 狸はそもそも何の話なのかすらわかっていない。

「何の? そんなのは決まっている。全ての、だ」

「とりあえず、わかるようにしゃべって」

 健乃が不満そうに眉根を寄せる。普段は無表情で、おかっぱ頭も相まってこけし然としている彼女だけに、少しの変化でも大きく変わって見える。

 しかしタニシは怯まない。

「ずっと一緒に居たというのにわからないのか。やれやれ、これだから大きいだけで中身のない輩は困る」

「今夜は久しぶりに具のある味噌汁を食べようかな」

「是非とも説明させてください、お嬢さん」

 弱ひ。

「えーと、そもそも一体何の話なので?」

「我々はね、狸さん。カチカチ山の真の犯人を見つけたのだよ」

「真の……犯人?」

「その通りっ」

 ふふんとばかりに、タニシは自慢げに殻を張る。

「どういうことですか?」

「つまりですね狸さん、アナタの父親はお婆さんなど殺してはいないっ」

「な、なんですって!」

「そもそも狸さんのお父さんは、どんな方だったので?」

「どんなって、普通の狸でしたけど」

「人間に悪戯や意地悪をしたりするような狸でしたか?」

「いいえ、一応化けることはできたみたいですけど、そういうことはあまり……ただ、私が小さい頃は食うに困るほど貧乏でして、止む無くお地蔵様へのお供え物を拝借したりってことはあったみたいです」

「なるほど、では例えば誰かの育てた作物を盗んだりしたとしても、それは本意ではないと?」

「子供の頃の記憶なので、少し曖昧ですけど」

「いいえ、正しいと思いますよ。なぁやっちゃん」

「狸さんのお父さんは良い狸さんでした。それは間違いないです」

「そもそも思い出してみてください」

 追い打ちとばかりにタニシは言葉を続ける。

「背中に大火傷を負った狸さんが、どうして一緒にいたにもかかわらず火傷を負っていない兎さんから薬を貰おうと思うんです。普通なら少しくらい疑うでしょう? あまつさえ、カラシを塗った相手の誘いに乗って泥船に乗り込むとか、人が――じゃなくて狸がいい以外の何物でもない」

「まぁ、それは確かに」

 健乃も頷かざるを得ない。

「もっと言えば、あのお爺さんと兎の仲が良いことだって知っていたかもしれない」

「兎さんは父とお爺さんの共通の友人ですよ。昔からそうでした」

「それが分かっていたのに何故、兎さんの誘いに狸さんのお父さんは同意したんですか?」

「それはきっと……信用していたからではないかと」

「それだけではないでしょう」

 タニシの発言に狸は首を傾げる。

「どういうことです?」

「もちろん、狸さんのお父さんにやましいところがなかったからです。復讐で殺されるなどとは夢にも思っていなかった、カチカチ山の狸さんの態度を見ていると、そうとしか思えない」

「まぁ何というか、危機感ないよね」

「いや確かに、父はちょっとのんびりしているというか、暢気な狸ではありましたけども」

 在りし日の父を思い出し、しかし何かに引っかかって狸は口を開く。

「では、一体誰が父を陥れたと言うんです? 父が殺していないのなら、お婆さんは誰に殺されたんですか?」

 当然の疑問である。そしてもちろん、その回答は既に定まっている。

「そんなの決まっているだろう。お爺さんだ」

「え、いやいやまさか。何を根拠に」

「顔」

 酷い言いがかりである。

「いや確かに鬼みたいな顔ですけども」

 それは誰しもが思うことらしい。

「それと筋肉」

「いやいや」

「狸さん、よく考えてごらんよ。あんな筋肉を持っている人が他人の首をへし折ったことがないなんて、あり得ると思うかい?」

 よし、今すぐ全国のボディビルダーさんに土下座して謝ろうか。

「そんな……見た目が少し怖いからって、人殺しと決めつけるのはさすがに……」

「それにね狸さん、我々は見たんです」

「見たって、何をですか?」

「逃げ惑うカエルと捕まえて、ニヤニヤ笑いながら爆散させるところをっ」

 捏造である。

「えっ、そんな感じだったっけ?」

「何を見ていたんだ、やっちゃん!」

「……もしそれが本当なら怖いですけど……それはそれとして、それとこの薪に一体何の関係が?」

 狸は小首を傾げながら足元を指さす。

 その先には一本の薪が置かれていた。土間の真ん中に自然に存在するそれを囲むように、一人と二匹が立っているという構図である。

「あの爺さんから貰ったというカチカチ山の薪が自然発火するという噂があってな。それを確かめている。もしかすると、あの爺さんはまだまだ血を欲しているかもしれんからな」

「はぁ……」

 今一つ納得のいかない顔で頷く狸は、まじまじと足元の薪を見つめた。それはもちろん、狸が先日あげたものだ。

 当然の話だが、いきなり燃え始めるような気配はない。それどころか湿っている。

「あのこれ、乾かさないと薪としても使えないんじゃ?」

「何でこんなに濡れているんだ?」

「誰かさんが水浸しにしたからだよ」

「誰かは知らんが迷惑なヤツだな」

 お前だよ。

 実験はあえなく中止である。溜め息を吐きながら健乃は薪を拾い上げ、一応は発火を警戒しているのか穴が開いてお役御免となった瓶に放り込む。

「仕方ないな。自然発火に関してはまた聞き込みするしかないか」

「あのぅ、お爺さんのこともそうなんですが、カチカチ山の薪についてなら、兎さんに聞くのが一番かと」

 そんな狸の紹介に従って、一人と一匹は山へと向かうことになるのだった。

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