第6話 カチカチ山殺人事件 04

「……死ぬかと思いました」

 ぜぇぜぇと息を弾ませながら、小枝と草葉にまみれた健乃が声と吐息を漏らす。

「ホントにな。殻ごと粉々になるかと思ったわ」

 ガタガタと小刻みに震えているタニシも頭の上で同意する。

「おや、あんたたちどうしたんだい? そんなところでへたり込んで」

 ふと通りかかった近所のおばちゃんが近づいてくる。

「あぁえっと、ちょっと怖い思いをしまして」

「そうかい。そりゃ災難だったねぇ」

 タニシの愛想良い答えに、おばちゃんがうんうんと頷く。

「ところで、あんたたちも爺さんに用なのかい?」

 この道は真っ直ぐに例の爺さんの家に続いている。道を外れても迷うだけだ。

「いえ、帰ってきたところです」

「何だそうかい」

 おばちゃんは少しだけ残念そうだ。

「あのお爺さんに何か御用ですか?」

「いやね、御用っていうか、教えといた方がいいかなと思っただけなんだけどさ――」

 別に大したことじゃないと前置きしながら、そこは噂好きなおばちゃん族の性なのか、声を潜めつつも口元は滑らかな動きで言葉を綴り始める。

「今朝がた、そこで火事があってね」

「え、大変じゃないですか」

「幸いすぐに気づいてボヤで済んだんだけどさ」

「それは良かった」

「で、その燃えた原因ってのがどうやら爺さんから貰った薪らしくてさ。ウチも使ってるんだけど、カチカチ山の薪は火が付きやすくていいんだよね」

「そうらしいですね」

「けど、このひと月で三回目だからねぇ」

「三回目?」

 タニシの殻が傾く。

「あぁ、火事が三回も起きてるのさ」

 偶然で片づけるには起き過ぎである。

「それ全部、カチカチ山の薪が原因なんですか?」

 健乃がふと口を挟む。その表情には不安が見て取れた。

 とはいえ無理もない。狸から貰った薪もカチカチ山の薪なのだ。

「さぁねぇ。そこまではちょっとわからないけど、この辺りの人達はみんなあの爺さんから薪を分けてもらったりしてるから、カチカチ山の薪がそこかしこにあるんだよね。だからホラ、一応は教えといた方がいいだろ?」

 だからこそこの道を歩いていたのである。少なくともこのおばちゃんの中では、カチカチ山の薪は自然発火する危険物体に分類されているに違いない。

 失礼な話ではあるが、月に三件も火災が起きている現状では、警戒したくなるのも当然の話でもある。

「ところで――」

 カチカチ山の薪が自然発火するかどうかも、ボロではあるものの屋根のある家に住めるかどうかという意味において大切な話ではあるが、一人と一匹がここまで足を運んだのは連続火災の謎を解明するためではない。

「あのお爺さんのことなんですが」

 何かしら怪しいところがないかと問うつもりで言葉を紡いだタニシだったが、あの見た目の時点で既に怪しいので聞く意味があるのだろうかと思い悩む。

 いやしかし実際に近所に住んでいる人はそれなりに付き合いがあるだろうし、意外にイイ人ですよという建前の裏側に潜む本音を探るにはどうすればいいかと思考を巡らせて言葉に詰まったところで、のほほんとしていた座敷童子が先に口を開いた。

「あのお爺さんは鬼ですか?」

「おいっ」

 そんな質問では相手を警戒させてしまう、そう思うタニシとは裏腹に、おばちゃんは爆笑した。

「お嬢ちゃん正直だねぇ」

「どーも」

「きっと褒めてないぞ」

「いやいや、確かにあのお爺さんは強面だからねぇ。何でも昔は鬼の討伐隊に参加したこともあるとかないとか」

「どっちが鬼かわからないな」

 失礼なタニシである。

「お婆さんが生きてた頃はこっちにもちょくちょく顔を出して力仕事をしてくれてたけど、最近は薪を配りに来る以外では見なくなったねぇ。こっちから行く用事もあまりないし」

「つまり、交流自体があまりなくなったと?」

「そうなるねぇ。聞いた話だと兎が時折遊びに来るだけらしいよ。まぁぶっちゃけあんな見た目だし、本人も気にしてるんじゃないかねぇ」

 実際、お婆さんと一緒なら頼り甲斐のある旦那でも、単独で現れたら鬼の襲来である。

 自警団結成待ったなしだ。

「なるほど……ちなみにカチカチ山の薪が原因の火事って、昔からあったんですか?」

「昔はなかった気がするけどねぇ。思い出してみると確かに時折火事は起きてたけど、その原因が爺さんの薪だったかどうかまではわかんないよ」

「時折って、そんなに火事が起きているので?」

「何か月に一回って感じかねぇ。ひと月に三回も起きたのはさすがに初めてだよ」

 数か月に一度という頻度は少なくない。民家の密集する都でならともかく。

「鬼のような爺さんと頻発する火事、そして背中の燃えた狸……」

「何か気になることでもあるのかい?」

 タニシの真剣な呟きを奇妙に思ったのか、おばちゃんが覗き込んでくる。

「あぁいえ、大したことじゃないんですよ。ホラやっちゃん、家に帰るぞ」

「あ、はい」

 一人と一匹は、こうして帰途につくのだった。

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