第5話 カチカチ山殺人事件 03

 というワケで、どんなワケなのかは彼ら自身にもよくわからなかったが、ともかくカチカチ山の真実がどこにあるのかを見極めるという大義名分のために、一人と一匹はボロ屋から出かけることになった。

 目的地は例のボロ屋とは反対側に位置する村の外れ、炭焼き小屋にほど近い山の麓である。一応は同じ村に属してはいるが、境界線の曖昧な村という世界の端から端まで把握しているほど、この座敷童子――健乃はアウトドアな少女ではない。むしろ超インドア派である。玄関をくぐるのに三回くらい深呼吸をしないと最初の一歩を踏み出せないタイプだ。

「それで、こんなところまで来て何するの?」

 頭に乗っているタニシに向けて、やや不満そうな口ぶりの健乃が言い放つ。

「捜査の基本は現場にある。常識だ」

「現場って……お婆さんが死んだのはもう何年も前の話なんだけど?」

「それでもだ。現場には何かが残されている。暇つぶしに読み漁った推理漫画にもそう書いてあった」

「はぁ、そうですか」

 興味がない上に根拠もないので呆れる健乃だったが、実際のところ暇なので帰ったところですることもなく、仕方なくタニシの意向に付き合うことにする。

「で、まだ着かんのか?」

「頭の上に乗ってるだけのタニシがそういう催促をしない。それとも降りて歩く?」

「すみません。このままでお願いします」

「わかればいいの。心配しなくてもそろそろ着くと思うよ。さっき聞いた話の通りならこの道の突き当りにあるのは、その一軒だけらしいから」

「となると、そろそろ道を外れた方がいいんじゃないか?」

「どうして?」

「やっちゃん、お前は何もわかっていない」

「何よー」

 やれやれと溜め息を吐く頭上のタニシに、健乃が抗議の声を上げる。

「いいか。僕らは今から歴史を修正する立場なのだ。つまり、今までの歴史において正しい者たちからすれば、現状の地位を脅かそうとする敵だ」

「難しいことわかんない」

「つまり敵だっ」

「見つかったら殺されるとか?」

「まぁ相手はお年寄りだし、見つかったからと言っていきなり殺されたりはしないだろうが、周囲を嗅ぎまわっていたりしたらいい気分じゃないだろう?」

「それはまぁ」

「だから、こっそりと近づいて気づかれないように探る必要がある。いいから藪に入るんだ」

「めんどくさいなぁ……」

 呟きつつも、あまり他人と積極的には関わりたくない座敷童子の本能も手伝ってか、案外素直に隠密行動に入る。元々気配を消すのは得意なのだ。

 座敷童子だから?

 いや、ボッチだから。



「ここら辺でどうかな?」

「よし、藪に頭を突っ込め。静かに、だぞ」

「はいはい」

 何だかんだで楽しそうな一人と一匹である。

 ともかく藪にそっと頭を突っ込んでみたところ、そこは丁度目的の一軒家が見える場所だった。都合の良いことに、玄関の様子が丸わかりである。人の出入りがあれば気付かないことはない。

「うむ、なかなか良い場所だ。褒めてつかわす」

「どーも」

 返事は素っ気ないが、口元は緩んでいる。ずっと一人で暮らしてきた彼女にとって、誰かに褒められるというのは久方ぶりのことだ。

「さて、家主が都合良く出てきてくれると――」

 いいんだがとタニシの呟きが続きかけたところで、ガタガタと激しい音を立てながら立て付けの悪い玄関の引き戸が開いていく。いや、開いていくというよりはこじ開けられていく。

 ドガンと派手な音を立てて、最後は無理矢理に扉を動かした。少なくとも滑ってはいない。

「やれやれ、さすがにもう限界かのぉ」

 溜め息を吐きながら、よっこいせと声を出しつつ腰を屈めて鴨居をくぐり、柔らかな陽光の降り注ぐ外へと姿を現す。

 一人と一匹は、その姿を大きな口を開けたまま見つめた。

 とはいえ無理もないかもしれない。

 確かに白い髭が生えているし、髪の毛も薄い。年寄りであることは恐らく間違いないのだろう。しかしその体躯は年寄り、というより人間としてもいささか規格外であった。

 身の丈は六尺五寸(つまり二メートル)を大きく超え、両肩は筋肉によって膨れ上がり、本来はゆったりとしている野良着の太腿がパンパンである。地下で格闘技でもしていたか、さもなくばベトナムで傭兵でもしていたくらいの経歴がないとしっくりこない。

 つまり、柴刈りは過酷なのである。

「おいおいおいっ、まさかあれかっ。あれが爺さんなのかっ?」

 一匹は動揺から声が上ずっている。一人は動揺から口をパクパクしている。

 酸素不足かな?

「おいやっちゃん、よく見ろやっちゃん、あの身体はどう考えても被害者って感じじゃないだろ。人の一人や二人は殺してるゾ。というかお婆さんは絶対あの爺さんに殺されたゾ」

 何やら反論したそうに手と口が動いているが、彼女の言葉は声になることなくただ空を切る。

 手話かな?

「おっと危ない。カエルを踏んじまうところだった」

 爺さんは一歩を踏み出しかけてカエルに気付き、足を戻す。

「あ、優しい」

 安堵した拍子に声が戻る

「まてやっちゃん、油断するな!」

「おいお前、こんなところをうろちょろしていると踏まれるぞ」

 そう言って安全な所へ逃がそうと、爺さんはカエルを捕まえる。

 が、カエル爆散。

「おっとしまった。つい力を入れすぎてしもうた。すまんのぅ」

「なにがががががっ!」

「ほほほほほほらみろっ。やっぱりアイツだ。絶対アイツが婆さんを殺したんだよ。後ろから肩を叩いたら首が飛んでったとか普通にあり得るだろ!」

「そこに誰かおるのか?」

 顔が、筋肉に押されるように落ち窪んだ眼が、一人と一匹が潜んでいる藪へと向けられる。

「ひぃいいぃあああぁぁぁぁぁあぁぁっ!」

 一目散に、文字通り脱兎の如く逃げ出した。

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