とある男の自分語り

かっぷ

第1話

 いま、この瞬間。俺はきっと、この一瞬の為にアメフトやってきたんだと思う。

 押し寄せる熱気、噴出す汗。渇ききった喉が張り付いて、息なんか出来やしない……けど、それでも!

 体中にまとわり付くウザったいモノを振り切って、走って、走って、試合終了間際のタッチダウン! こいつを決める為に俺は……。

 って、それはともかくなんだけどさ。

 少しだけ俺の昔話、聞いてもらえないかな? 大丈夫、そんなに長くはならない。コーヒーでも飲みながら気楽に聞いてくれたら、それでいいからさ。

 良いかい? ありがとう。

 じゃあ、話すぜ。

 俺、小さい頃からアメフトやってたんだ。

 アメフト、聞いた事くらいはあるよな? アメリカンフットボールの事。先の尖がった楕円形のボールを、相手チームの陣地に持ち込んだら得点になるスポーツ。その得点を競い合うんだ。

 何人ものゴツいおっさんが全身にプロテクター付けて、だだっ広い場所で走り回ってぶつかって……あ、そうだ。タッチダウンって言葉、聞いた事ない? 相手チームを振り切って、ボール抱えて相手陣地に突撃して……お、なんとなく知ってるって? そりゃ良かった。

 アメフトってさ、日本じゃマイナーなスポーツだけど、アメリカじゃすげぇ人気なんだぜ? ぱっと見た感じラグビーと似てるけど、実際にはルールとかけっこう違ってて……まぁ、それはどうだっていいか。

 とにかく俺、八つくらいの時からアメフトやってたの。

 俺? 日本人だよ。特に目立つ所も無い、ごく普通の健康な男子。

 ただウチの親父がアメフト大好きでさ。なんとかして息子をアメフト選手にしたかったんだろうね。お袋を上手いこと説得して、まんまと俺をアメフトの道へ進ませる事に成功したってわけ。

 つっても小学校にはアメフトのチームなんて無かったから、放課後に社会人ラグビーのジュニアチームに混じって練習してたんだ。

 周りの友だちとか誰もラグビーもアメフトもしてなかったからさ、子供心にちょっと変だな~って思ってたけど、まぁ俺も小さかったし。親父に言われるがまま、ひたすら真面目にやってたよ。

 で、中学になってからが本番。

 俺はアメフト部がある私立中学へ入学して、当たり前みたくアメフト部に入って、毎日練習に明け暮れた。

 親父に言われて始めたアメフトだったけど、結構楽しかったよ。

 チームメイトは良い奴ばっかりだったし、何より俺には小さい頃からラグビーやってたっていうアドバンテージがあったからさ。

 アメフトとラグビー。ルールは違うし、やる事も違う。でもさ、周りはみんなラグビーボールを持った事さえ無いってヤツばっかりなわけ。ボールに慣れてるかどうかって程度の、ほんの少しの差だったけど、アメフト始めて間もない他のみんなよりは、やっぱ俺の方が上手なんだよね。

 ちょっとした優越感……わかる?

 ヤラしい感じだけどさ、あるだろ、そういうの。

 お陰で試合じゃ活躍出来たし、チームも勝ちまくった。全国大会じゃ結構良い所まで行ったんだぜ? チラッとだけど、雑誌に写真とか載ったし。

 あー……さっき「結構楽しかった」なんて言ったけど……あれ、嘘だな。

 すごく楽しかった。

 毎日が充実してた。

 俺がアメフトにのめり込んだの、この時期だと思うわ。

 んで高校になって……あれ、早速飽きてきた?

 悪ぃ、少しペース上げるわ。

 コーヒーのおかわり? いいよ、注いで来てやるよ……ってお茶が良いの? ったく、好みのうるさい……まぁいいや。

 それじゃあ高校に入学した所から、続き話して良い?

 高校はさ。名門のアメフト部がある所に入学したんだ。

 私立で入学金も授業料もバカ高い高校でさ。入りたくてもウチの収入じゃ無理だ……って俺は諦めてたんだけど、親父とお袋が無理してくれて。

 親父、普通のサラリーマンなんだけど、がっつり遅くまで残業するようになってさ。午前様なんてザラになった。お袋もパートなんか始めちゃって……二人して「お前の好きな道へ進め」だって。

 マジで嬉しかった。

 素で泣いたの、あの時が初めてかもしれんね。

 それで、両親のお陰で入れたその高校。名門ってだけあって、全国からすげぇ連中がワンサカ集まってんの。

 入学式とかもさ、右を見たら関東の最優秀クォーターバックが立ってる! 左を見たら関西の最強ディフェンシブラインが揃ってる! って感じで……あ、わかんねぇって? とにかくすげぇんだって!

 そんなだから注目度も高くて、事あるごとにスポーツ誌とか、アメフト専門誌とかの取材が来てた。

 選りすぐりばっかり集まってるわけだから当然チームも強くて、試合をすれば連戦連勝。向う所敵無し! 無敵状態ってヤツ?

 俺も周りの連中に負けらんねぇって思ってさ。これまで以上に頑張って、一応レギュラー張ってたんだ。

 ポジション? 一年の時はタイト・エンド。二年になってラインバッカー……って言っても良くわかんないよな。ざっくり言っちゃえば、攻撃の時に色々する役目と、防御の時に色々する役目なの。

 両方とも結構難しいポジションなんだけどさ。俺、タックルの時に相手の体勢を崩す、ハンド・シバーってテクニックが得意なんだ。それだけは誰にも負けない自信があったんだよね。だから練習して更に磨きを……ってやってたら監督の目に留まって、一年ながら大抜擢で準レギュラーに……え?

 自慢すんなって? はは……悪ぃ。ンなつもり無かったんだけど、アメフトの話になると、つい盛り上がっちゃって。

 んじゃ、とっとと話続けるわ。

 まぁとにかく、そんな風でさ。結構イイ感じだったんだよ。

 明けても暮れてもアメフト三昧。晴れてようが大雨だろうが練習、練習で、いっつも泥だらけ。休みの日でも筋トレしたり、ランニングしたり……。大変だったけど、やったらやった分だけ上手くなれたし、試合でも活躍できたんだ。

 頑張った甲斐あって、チームも負け知らず。だから周りの人たちもすごく期待してくれてさ。「アイツらだったら全国制覇も夢じゃない!」とか言ってくれんの。アメフトの専門誌とかにも、全国最強! 優勝候補筆頭! とかって書かれたりしたんだよね。

 なんて言うのかな……確かな手応えってヤツ? そういうのを感じてた。

 だからってワケでも無いけどさ、俺らみんな自信満々、鼻高々。どんな相手が来たとしても、全然負ける気がしなかったんだ。

 でさ、万全の状態で挑んだ高校二年の秋季大会、地区予選の第一回戦。日本一への足掛かりになる大事な試合。

 当たった対戦相手は、今年になってアメフト連盟に加盟したばかりの、できたてホヤホヤ新米チームだった。

 その相手チームはさ、選手の大半が高校になってからアメフト始めた、初心者も同然の奴ばっかりなの。

 かたや俺たち、全員が少なくとも中学からアメフトやってるベテラン揃い。俺なんかラグビー時代含めれば小学校からやってんだぜ?

 普通に考えて、負けるワケないだろ?

 その頃って俺も調子に乗ってたからさ。試合開始前から半分勝ったつもりで、試合の後も練習あんの? 次の試合もあるのに疲れちゃうな、とか言っちゃって。

 馬鹿だよなぁ……そんなお気楽ムードが続くの、試合開始から最初の数分だけだって事も知らずに。

 なんかね、試合始まってから気付いたんだけどさ。相手チームのランニングバックに……まぁ、アレだ。すごい奴が居たんだよ。天才エースとでも言えば良いのかな?

 そのエースにボールが渡ったが最後、誰も止めらんないの。

 やたら足速いし、止めようと思ってブロックしても簡単に抜けられて、あっという間に得点されちゃう。

 もう無敵状態。真の強者ここにあり! って感じ。

 俺も試合中、そのエースとサシで対決する機会があったんだけどね。

 こっちのポジションはラインバッカー……防御の要。だから、何が何でも抜かれるわけには行かない。

 俺、試合の流れを俺たちの方へ向けたくてさ。これ以上好きにさせてたまるか! って、タックルしたわけ。

 勿論全力。吹っ飛ばしてやるつもりで、力一杯ぶちかました。

 でも相手のエース……俺のタックル受けて、ビクともしなかった。まるで大岩に体当たりしたみたいなドッシリした感触があって、目が眩んで肩が痺れた。逆に俺の方が軽々弾き飛ばされちゃって……。

 ショックだったよ。

 こちとら小学生の頃から十年近く、毎日毎日妙な形したボール追っかけ回して汗水垂らして来たわけさ。それなのに、才能さえあれば……ほんの一年やそこいらの練習で、俺がしてきたこれまでの練習時間全部を余裕でひっくり返す事の出来る、こんなにもすごい選手になれるんだなって思った。

 凡人とは違う、天賦の才ってヤツを肌身で感じたよ。

 防御の要がそんな事になってるわけだからさ。相手チームの選手も「勝てる!」って感じたんだろうね。

 エースに続け! って感じでさ、物凄い気迫でぶつかってきて……いや、俺たちだって必死で喰らい付いたんだぜ?

 でも全然歯が立たない。

 油断してたからだろ、って? うん、最初はそりゃ……な。

 でもそんなの最初の少しだけ。結構早い段階でヤバいって気付いて、そっからはずっと全力だったさ。一切手抜きなんかしてない。だって地区予選の一回戦で負けるなんて、絶対に嫌だったから。

 でも点差は縮まらないままタイムアップ、試合終了。

 俺ら、負けたんだわ。

 試合終了した時さ。相手チーム、すげぇ喜んでんの。

 そりゃそうだよな。俺たち優勝候補の筆頭だったんだもの。それを撃破って、大金星だろ? 大喜びもするさ。

 でも逆に俺たち、超どん底。まだまだ続くと思ってた俺たちの大会、もう終り。次の試合に疲れが残るとか、そんな心配してた俺とか……馬鹿丸出しだろ?

 それだけでも十分落ち込むのにさ、ありがた迷惑な事に雑誌とかが大騒ぎしてくれるんだよね。

「出来立てホヤホヤの素人寄せ集めチームが、全国から実力者を集めた名門チームを見事打ち破った!」

 とかいって。

 少しはこっちの気持ちも考えてくれって思わない?

 それ以外でもさ、相手をナメるからだ! って監督にはボロクソ貶されるし、校長にもめちゃくちゃ糞みたく言われるし、クラスメイトにもバカにされるし……。

 あと、これまで俺たちを支援してくれてたPTAとか? その辺りが急に、手の平返したみたいに冷たくなった。期待して、いっぱい支援してただけに失望も大きかったとか、そんなトコなんだろうな。

 家でノンビリしてても、テレビのスポーツニュースで俺たちが負けるシーン何回も流れるしさぁ……マジで辛かったよ。

 んでも俺の場合はウチの親父がさ、「それもまた、アメフトの面白い所」とか言いやがるの。「お前も、そう思うだろ?」って。

 ふざけんな! バカか! とか思ったけどさ。俺も「うん」とか言っちゃって……。大番狂わせも含めて、アメフト面白いわ、と。

 そん時に心底感じたよ。やっぱ俺、親父の息子だなって……同じアメフト馬鹿の血が流れてるんだなって。

 まぁそんなバカ親父のお陰でさ、また明日から今まで以上に練習して、連中に一泡噴かせてやるぜ! って気持ちになれた。

 それに俺はまだ二年生だったから、高校を卒業するまでにリベンジ出来るチャンスが残ってたしな。

 でも、俺みたいに単純な奴ばっかりじゃない。

 これまでずっと必死で努力してきたのに、何の結果も残せないまま負けて……自暴自棄になった奴も居たんだ。

 アメフト部の何人かが飲酒と喫煙で停学になって、更に先生まで殴っちゃって、結構な大騒ぎになった。

 しかも間の悪い事に、その時期って世間的に平和な頃でさぁ。これといって目立ったニュースが無かったわけ。だから名門アメフト部の暴力沙汰って不祥事にマスコミが飛びついて、全国放送で大々的に流れちゃったんだよね。

 毎日グラウンドにテレビカメラとか来て撮影しまくり。レポーターがマイク持って、登下校中の生徒とかに「アメフト部ってどうなの?」とか聞いて回ってる。

 で、学校が謝罪会見とかしてさ、責任を取るって形でアメフト部は無期限活動停止……現役部員にとっちゃ、事実上の廃部。

 もう呆然っていうかさ。何ソレ? って感じだよ。頑張ろうって思ってた矢先に、頑張る場所が無くなったんだもん。

 情けない話だけどさ。俺、アメフトしか知らないの。他に特技無いし、趣味も無いんだ。だからアメフト止めろって言われたら、する事なんて何も無い。

 でもチームメイトが起こした不祥事で他の無関係な生徒とかはもっと迷惑してる。仲間を止めてやれなかった俺にだって責任はある。

 そう考えたら言い訳なんて出来ないし、したところで同情出来ないだろ?

 だから俺、大学に入ってアメフト出来るまでは……って思って、それから一年。ずっと我慢したんだ。

 んでも高校三年の夏に……おっと、そろそろお茶のおかわり? いらない? だったら何か軽くつまめるモンでも……って、あんまり腹も減って無い顔だな。メシは話が終わってからにすっか。

 それじゃあ、もう少しだけ続けさせてもらうぜ。

 あれは高三の夏だな……やけに蒸し暑い日だったよ。

 アメフトやりたい一心で大学への進学希望出してた俺なんだけど、それが不可能になる事が起きた。

 授業中、先生が血相変えて教室に飛び込んできてさ、俺の名前を呼んだんだ。何事かと思ったら、お袋から緊急の電話。

 親父が倒れた、って。

 で、そのままポックリ。

 医者が言うには、過労死だって。

 俺を大学へ入れる為にって、仕事しすぎたのかもしれない。

 あん時は、死ぬほど悲しかったし……メチャクチャ責任感じた。大学行きたいなんて言うんじゃなかった……ってな。

 実は俺、三つ下に妹がいるんだ。

 けっこう頭良くってさ、末は医者か弁護士か? とか言われてんの。そんな妹がその年に高校受験。

 妹が高校に入ったら金掛かる。私立なら余計にね。大学まで視野に入れたら、金なんかいくらあっても足りないわけ。

 親父はさ、俺に好きな道へ進めって言ってた。お袋も「お金は私が稼ぐから、アンタは大学行け」って言ってくれた。けどさ……ダメだろ、そんなの。

 俺、大学はスルーして就職したんだわ。

 さくっと高校卒業して、なんとか普通の会社に就職。

 色々あったけど、死んだ親父の分まで頑張るぜ! とかって張り切ってさ、サラリーマンとして働き始めたワケなんだけど……。

 仕事の中じゃ、アメフトって何の役にも立たねぇのな。

 営業職に就いたからさ、これまで地道に鍛えた身体で勝負する場面なんて無いし、タックルしたり、ボール抱えて走る機会なんてもっと無い。

 営業トークでアメフトの話題出しても、殆どの人は「ふうん?」みたいな薄ぅい反応だし……ま、日本じゃマイナーなスポーツだし、知らなきゃ興味も無いだろうから、それが当たり前だよな。

 でも俺の出身高校が話題に出ると「ああ、あの不祥事の……」とか言われて印象最悪。しかもアメフト部だった、ってんだから更に悪い。みんなアメフト興味無いのに、なんでそんな事だけは知ってんだよ……。

 お陰で、めっちゃ苦労した。契約取れてた仕事、俺のせいで何件もパアになったりしたし……今の会社も、よくクビにしなかったもんだよ。

 そんな感じで、嫌ってくらい思い知らされたわけ。社会の中じゃ、アメフトは何の役にも立たないって。そん時は、ものすごくガッカリした……。

 だってさ、考えてみてくれよ。

 親父が死んで、妹が受験。どうしても金が要るっていうこの苦しい時に、俺が八歳の時から打ち込んできた物が全部丸ごと、何の役にも立たないんだぜ? それどころか親父が死ぬ遠因になった上、仕事の足まで引っ張りやがって!

 アメフトなんか、やんなきゃ良かった。何回もそう思った。

 そうすりゃ親父死なずに済んだかもしれないし、不祥事を起こしたアメフト部出身だって後ろ指さされて、こんなに苦労する事も無かった……ってな。

 でもさ……。

 やっぱり捨てられないんだよね、アメフト。

 馬鹿だと思うだろ? 俺も思う。

 ものすごく馬鹿なんだよ。

 そんな馬鹿な俺だったけど、なんだかんだしてる内に社会人五年目とかなってさ。

 仕事にも慣れて来たし、妹も無事に高校卒業、短大入学。俺もお袋も、肩の荷が下りたって時だよ。

 油断してたんだよね……俺、馬鹿だからさ。

 あまり深く考えなかったんだ。

 会社にさ、俺より一年遅れて入社した、年下の後輩がいるんだよ。アイツが入社した直後からペアでチーム組んで、ずっと一緒に仕事したんだ。

 二人で頑張って、二人で失敗して、二人で頭下げて……一緒に遠くへ出張もしたし、酒飲みにも行った。アイツがミスったら俺がフォローしたし、俺が出身校の事とかでボロカス言われた時には、アイツが泣きながら励ましてくれた。

 今や仕事上のパートナー以上、気心の知れた友だち……いや、数々の修羅場を一緒に潜り抜けた戦友って感じだな。

 それでね、そいつとさ、ちょっと遅くまで残業してたのよ。二人きりで……ああ、ちなみにその後輩、女だから。俺、そっちの気は無いから。

 でね、夜の静かなオフィスで企画書作ってたらさ。アイツがコーヒー持ってきてくれたんだ。俺が最初、アンタに注いだコーヒーみたく。

 アイツ、俺が座ってる後ろから、こう……背中越しにさ、机の上にコーヒー置いてくれたわけ。そん時ね、何気なく横見たらアイツの顔がすごく近くにあんの。でさ、コーヒーの香りとは違う、なんかすごくイイ香りがしたんだよね。

 ドキドキしちゃうよね? 男の子だもん。

 んで、俺の視線に気付いたアイツがこっち見るわけ。ものすごく近くで……息遣いも聞こえる距離。

 そんな状態でさ、アイツ……目ぇ閉じるんだぜ!?

 そりゃキスしちゃうよね? 男の子だもん!

 そして抱きしめちゃうよね!? 男の子だもん!

 オフィスに誰も居なかったしさぁ!!

 そしたら……。

 子供、できちゃった。

 う……そ、そんな目で見んなよ! 仕方ないだろ? そういう空気ってか……流れだったんだもの! ちゃんと責任とって結婚したよ? つか責任も何も、前から好きだったし。

 仕事頑張らなきゃって思って好きな気持ち抑えてたけどさ、家の方がひと段落付いたから気が緩んで……。

 さっきも言っただろ? 油断してたんだよ。

 その後輩? うん、可愛いよ。笑った時とか特に。ノロけで良いならいくらでも聞かせてやるけど……いらねぇって? そりゃそうか。

 アイツの悪い所? ん~……別に。あえて言うなら……そうだな。アメフトとラグビーの区別が付かない事くらいかなぁ?

 ま、後で紹介するわ。

 それでね、結婚して実家を出て社宅借りての二人暮し。その後すぐ、無事に子供も生まれて、俺も一児のパパさ。

 嫁と子供。守りたいものが、いきなり二つも増えた。

 だからさ、仕事バリバリ頑張ったよ。それこそアメフト頑張ってた時くらい……いや、それ以上かもしれんね。

 なんかさ……父親になるまでは全然わかんなかったけど、自分トコの子供って、すごく可愛いんだよね。

 ちゃんと生きて動いてるクセにさ、えらい小さくて。片手で持てるくらいのサイズしか無いの。アメフトのボールより、ちょい大きいくらい。

 もしかしてウチの親父も俺の事を片手で持って「こいつ、将来はアメフト選手にすっぞ!」とか言ってたのかな……。

 なんてね、考えてた日の事ですよ。

 あ……ゴメン! ちょっと話が長くなってるな……時間、大丈夫?

 もうすぐ終わるから、あと少しだけ付き合ってもらえない? 乗り掛かった船って事でさ。な、頼むよ!

 ……そっか、あんがと。恩に着る。

 じゃあ最後まで一気に話すわ。

 で、その日……っていうか、ついさっきの事なんだけどね。

 今日は会社休みだったから、家で子守してたんだ。アイツは……嫁さんは、夕飯の買出しで留守だった。

 外は良い天気で、窓から柔らかい日が差し込んで。アンニュイな午後っての? 良いよね、こういうの。

 オンボロの木造社宅は家賃が安いだけがとりえだと思ってたけど、こういう風情があるのは良いなぁ……なぁんて考えてる内にさ。俺、子供と一緒になってウトウトしてたみたいなんだ。

 それで、どれくらい寝てたかわかんないけど……気が付いたら、なんか目に入ってくる光が赤いのさ。

 最初、夕日かと思ったんだ。夕方まで寝ちゃってたか、って。

 でも違ってた。

 周りが超熱い。

 慌てて飛び起きたら、そこら中が燃えてる。正に火の海ってヤツだよ。すぐに火事だってわかった。

 部屋の中、真っ黒い煙だらけ。全然前見えないし、そもそも何秒も目を開けてらんないの。煙が目に染みて、痛くって。

 たまんねぇ! って思ってさ、子供連れて外へ出ようとしたんだ。でも子供用ベッドで寝てたはずの、ウチの子が見当たらない。

 どこだ!? ってキョロキョロしてたら……丁度その時だよ。横殴りの、物凄い衝撃が来たんだ。超重量級のタックル、無防備でモロ食らったってくらいの、メチャクチャ強烈な一発が。

 それで俺、一瞬意識が飛んじゃって。気が付いたら部屋の窓突き破って、外へ吹き飛ばされてた。なんか台所の裏にあった、大きいガスボンベが爆発したみたい。

 不幸中の幸いだったのはウチ平屋だったって事。窓から落ちても大したケガしなかった。体中火傷してたし片耳が聞こえ辛くなってた気がしたけど、それ所じゃ無いからさ。全然気にならなかったよ。

 え、火事の原因? あぁ……俺にも詳しい事まではわかんないんだけど、多分ガス漏れと、漏電だろな。

 ほら、ウチの社宅って古くてボロいだろ? ガス管のホースとか電線の類も古くなってボロボロでさ、いつかガス爆発するんじゃねぇの? って、嫁さんと冗談言って笑ってた所だったんだ。

 そしたら、この有様。笑えない冗談だったってわけ。

 んで俺がどうにか起き上がって周り見たら、丁度サイレン鳴らしながら消防車がやって来た所だった。そんで、大勢の人が遠巻きに燃えるウチを見てたんだ。

 で、その火事場見物してる人たちの中に、見知った顔があってさ。良く見たらウチの嫁さんなの。

 向こうもすぐ俺に気付いて、買い物袋投げ捨ててこっちへ走って来たよ。可愛い顔、涙でぐしゃぐしゃにして。

 でね、俺に聞くのよ。「大丈夫? 怪我は無い?」って。

 怪我してたし、あちこち痛かったけど心配させちゃダメだって思ってさ。なんとか大丈夫だって言ったの。そしたらアイツも少しは安心したっぽかった。

 でもすぐに表情強張らせてさ。周りをキョロキョロ見回した後で、アイツが俺の肩を掴んで言ったんだ。

「あの子はどうしたの?」

 って。

 血の気が引いたよ。

 しまった! 子供がまだ部屋の中だ! って。

 人生最大のミスだよね。

 俺、慌てて家の中へ戻ろうとしたんだ。勿論、子供を助けにさ。

 そしたら消防隊員のオッサンたちが必死で止めるんだよ。

「危険だから行くな」

「もう無理だ」

 とか言って。

 隣見たら、嫁さんも俺と同じように家へ入ろうとして、消防隊員に止められてた。

 そんなのどうでも構わないから、危なくてもいいから行かせてくれっつって振り払おうとしたんだけど、消防のオッサンがさ、四人がかりで俺を押さえつけるの。

 物凄い力だったよ、消防のオッサンたち。きっと火事から色んな人を守る為に、毎日鍛えてるんだろうね。俺を掴んでる腕から「むざむざ死地へ行かせるか!」って気持ちがすごく伝わってきた。

 確かに、消防のオッサンの言う事が正しいんだと思う。

 もう……無理だ。

 目の前の木造社宅はさ、中も外も火ぃボンボン燃えてる。燃え移った社宅の別棟でもガスボンベとかがバンバン爆発してるのが見える。

 行ったら死ぬ。

 火災のプロがそう判断して、突入しないんだ。俺みたいな素人が突っ込んだ所で、何も出来ずに焼け死ぬだけ。俺が消防隊員でも制止する。

 でもさ、だからって止めらんないよ。

 止まるわけないだろ?

 だって、俺の子が死にそうなんだぜ!? 父親なら誰だって、何をしてでも……死んでも行くだろ!

 俺、無我夢中で消防隊員のオッサンたちを振り切ったよ。きっと火事場の馬鹿力ってヤツだろうな。

 悪いとは思ったけど、片っ端からオッサンたち突き飛ばして、地面に転がした。アメフトでタックルとかブロックを強引に掻い潜る感じでさ。

 で、全速力で燃えてる社宅へ走った。

 水を被ってる暇? そんなのあるわけない。一秒でも早く子供を助けに……時間がもったいないだろ?

 俺たち家族が住んでた社宅さ、元々ボロかったんだけど、燃えてる今はもっと酷い有様になってた。

 炎は家全体に燃え広がってて、いつ崩れても不思議じゃない感じ。

 最初、さっき俺が突き破っちゃった窓から部屋に戻ろうとしたんだけどさ。今はもう窓枠なんて溶けてグシャグシャ。残った隙間からも火炎放射器みたく炎が噴き出してて、とてもじゃないけど近づけない。だから俺、玄関から入る事にしたんだ。

 玄関のドアは半分以上が燃えて尽きてて、蹴ったらバラバラに砕けて簡単に開いた。で、なるべく腰を低くして煙吸わないようにしながらさ、クソ暑い廊下を走って、子供の寝てた部屋に行ったんだ。

 部屋の中は、俺が吹っ飛ばされた時からあまり変化無かった。床とか壁とか燃えてたけど、まだ完全には炎に包まれてない。

 でも燃えてる周りの部屋から熱が伝わって来るんだろうね。赤外線ストーブの近くにいるみたいな感じで、肌が真っ赤になってヒリヒリするし、息する度に喉が張り付いて、何度も咳き込んだ。

 煙が酷くて目も滅茶苦茶痛かったし、鼻だって同じだよ。変なニオイの煙がものすごくシミるんだ。

 けどモタモタしてらんない。俺の子が、いまコレと同じ状況で苦しんでる。だから俺、どうにか我慢して、必死こいて部屋の中を探したんだ。

 そしたら……いたんだよ、俺の子!

 子供用ベッドから転げ落ちて、毛布の下でぐったりしてた。

 でもその毛布、もう半分くらい燃えててさ。やばい、無事か!? って慌てて抱き上げたら、微かに息はしてるんだけど身体が凄く冷たくて。

 まさか……って思って、めっちゃビビったよ。

 でも、すぐに冷たく感じた理由判ったんだ。

 子供は生きてて、平熱だった。ただ俺の身体が炎に煽られて、物凄く熱くなってた。だから冷たく感じたってわけ。

 俺、少しでも子供を熱から遠ざけなきゃって思ってさ。とりあえず着てたシャツ脱いで、子供にグルグル巻きつけて包んだ。とたんに背中とか馬鹿みたく熱くなったけど、燃えてない布が他に無くって。

 で……そうやって子供に構ってたら、ふと気付いたわけ。背中以外にも、腕とか妙にヒリヒリすんなぁって。

 そんで自分の左腕見たらさ、肘の辺りが普通に火ぃ点いて燃えてんの。

 こん時に思ったね。「あ、オレ死ぬな」って。

 だからもう必死でさ。子供を抱えて玄関目指して走ったの。死ぬ前に、コイツだけは外へ連れ出さなきゃって。

 でもその時にはもう、社宅は完全に炎で包まれてたみたい。

 屋根が燃え落ちて、空気の流れが良くなったからなのかな? 煙は減ったけど、炎の勢いと熱量が何倍にも膨れ上がった。

 燃えた建材が廊下に倒れて道塞ぐし、屋根の中に通ってた電線とかが溶けて、ジャングルの蔦みたく垂れ下がって邪魔な事この上ない。炎の勢いが強くなったせいで体中のあちこちに火が点くしさ……最悪の状況だよね。

 けど絶対、これだけは諦めるワケにはいかないだろ?

 俺、まだ火の点いてない腹辺りにウチの子を抱えてさ。行くぞ、って覚悟決めて、出口目指して突っ走ったんだ。

 邪魔な建材とか肩で押し退けて、溶けた電線やら何やら、体中にまとわり付くウザったいモノを振り切って、走って、走って、俺の命が尽きる前に……タイムアップまでに、何が何でも絶対タッチダウン決めてやるんだ! って。

 でも玄関のちょっと手前、あと数メートルも行けば外だ! って所まで来たらさ……もう道が無いんだわ。

 燃えてる木とか、剥れ落ちた壁とかが何重にも重なり合ってさ。瓦礫の山になって廊下を塞いでんの。とても進めない。

 他の出口を探そうかとも思ったんだけど……無理。だってもう、ほとんど目が見えないんだもん。

 絶望的状況……まぁでも実際さ、アメフトでもこんな状況、結構あるんだ。

 試合終了間際、この点だけはなんとしても取らなきゃならない。でもスタミナは限界、周りに味方は一人もいない。敵陣には何人もゴツい男どもが、蟻の子一匹通すもんか! って気迫で待ち構えてる。

 そんな時さ、孤立無援の選手がどうするか……知ってる?

 突っ込むんだ。敵のど真ん中へ。

 玉砕覚悟? そう、覚悟の上さ。でも諦めるわけじゃない。当たって砕ける覚悟で、残ってる力を全部搾り出すんだ。

 そして突破する……自分の力で、道を切り開くんだ!

 俺、子供を抱え直してさ。大声で叫びながら勢い付けて、道を塞いでる邪魔な瓦礫へ全力でタックルぶちかましたの。

 でも重たい瓦礫はびくともしない……高校の時、すげぇ敵エースとぶつかった時と同じさ。

 凡人の俺がどんなに努力して足掻いても、絶対的な力が足りない。全然敵わない。どうにもならない。

 でも俺……どうしても……どうしても諦められなかったからさ。ここだけは絶対に、何が何でも突破してやるって思って、力一杯踏ん張って、目一杯の力でもって、斜め上に瓦礫を押し上げたんだ。

 これさ、ハンド・シバーってアメフトのテクニックなの。ブロックしてくる相手を押し上げて、バランスを崩す俺の特技……あ、確か言ったよな?

 そうしたらさ、少しだけ瓦礫が崩れて、ボール一個分くらいの隙間が出来たんだ。外に繋がる隙間が!

 もうね、今しか無いって思ったよ。

 ちょっぴりの隙間に抱えてたウチの子を無理矢理突っ込んでさ、これでもかってくらいに腕を伸ばして、瓦礫の向こう側へ押し出した。

 一生に一度のお願いだから、アメフトの神様! このタッチダウンだけは……頼む、届かせてくれ!

 そんな風に祈ってさ。

 ――正直に言うと、ちゃんと外に届いたかどうか、自信無かったんだ。

 けどさ、ちょっとの間があった後……微かにさ、外でなんか歓声が上がってるような気がしたんだよね。

 んで、耳澄ましたら聞こえたんだ。

「子供は無事だ! 生きてるぞ!!」

 って。

 俺、嬉しくてさ。やったーーーっ! って叫んでガッツポーズ決めたね!

 この土壇場で人生最高のタッチダウンを決めてやったぜ! って!!

 こんなに嬉しいタッチダウン生まれて始めてでさ。ざまぁ見やがれ! とか、見たかこの野郎! とかさ、誰に言ってんのかわかんないような台詞とか言いまくった気がするよ。

 ……で、タイムアップ。試合終了。

 俺の話はここまでだ。

 最後まで付き合ってくれて、ありがとな。

 俺さ、今まで何度もアメフトなんてやらなきゃ良かったって思った……けどそれ、全部取り消し。

 やっぱ、アメフトやってて良かった。

 きっと今日、この瞬間の為に俺は……最後のタッチダウン決める為に俺は、アメフトに出会って、必死に練習して来たんだと思う。

 おっと、そうだ。ほら、見えるかな? 家の前で俺の子供抱き上げてる、エプロンの女……あれが俺の嫁さん。わりと可愛いだろ?

 え、なんで今頃言うんだって? おいおい、もう忘れちゃったのかよ。さっき紹介するって言ったろ?

 二人とも怪我したりしてないかなって心配だったけど……嫁さんも、俺の子も、元気そうに泣いてら……。

 急に居なくなって、悪ぃ。

 でも、俺がいなくても大丈夫だよな?

 さて、と……じゃあ俺、そろそろ行くわ。あんまり親父待たせても悪いからさ。

 今度どっかで会ったら、アンタの話を聞かせてくれよ。コーヒーでも飲みながらさ……楽しみにしてる。

 それまで、元気でな。

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