第36話 生きてるだけで丸儲け

 猫カフェと言えば安いところだと一時間千円が相場だと思うが、職場の近くに千二百円で時間無制限という猫カフェがあって、同僚とたびたび行っている。

 店内はジブリの世界を彷彿とさせるようなメルヘンな半個室があり、猫が入れるように猫穴完備、更に上にも上れるように側面に階段付きである。

 半個室は猫も落ち着くのか、よく室内や窓枠に猫が長居していて、羨望の的だった。


 三回目に行った時、その中へ案内された。

 これで猫まみれになれると喜んだが、何故か私たちのグループが滞在中は、ちいとも猫が来なかった。

 メルヘンな半個室に、いい歳の人間だけが四人の図である。

 侘しい。

 猫じゃらしで釣って室内に連れてきても、猫たちはするりと猫穴から逃げていく。

 誰か猫に嫌われているんじゃないかと思ったものである(私だったりして)。


 皿を円に置いて餌をやるご飯イベントが始まったので、外に出てみると、速い猫は数十秒で完食していた。

 その中で、店員さんに手伝って貰いながらゆっくり食べている長毛種の黒猫がいた。

「顔が潰れてるので、上手くご飯が食べられないんですよ~」

 なるほど。

 鼻面が長い普通の猫はお皿の縁に寄ったご飯も上手に食べられるが、その猫はぺっ……たんこで、カーブのある縁に寄ったご飯は食べられず、店員さんに中央に寄せて貰わないと食べられないのである。

 そんな中、早々に自分の分を食べ終えたトラ猫が、隣の皿を横取って食べ始めた。

「こらっ!」

 店員さんに叱られると止めるのだが、目を離すとまた横取り始める。

 しつけとしても、体調管理の面から言っても、これは止めなくてはならないだろう。

 しかし他のお客さんは、笑っているだけで止めないのだ。

 仕方ないので、私が「こらっ!」とトラ猫を押し留めた。

「こらっ! 駄目だって! こーらっ」

 店員さんの時ほど言う事を聞いてくれず、私は奮闘した。

 一生懸命なのに、お客さんと店員さんに、思いがけず笑いを提供してしまったようである。

 ひとしきり笑ってふと見ると、ぺったんこの猫がまだ、三分の一ほど残ったご飯と格闘していた。


 ご飯イベントが終わると、バックヤードの入り口に溜まっている猫たちを、店員さんが一匹一匹広場に連れてきてくれた。

 中でも印象に残っているのが、マンチカンだった。

 その猫は、マンチカンの中でも猫並み外れて足が短く、ウナギ犬(分からないひとはお母さんかお婆ちゃんに訊いてみよう)のようだった。

 歩くだけで爆笑である。

 生きてるだけで人を幸せに出来るとは、侮れないと思った瞬間だった。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る