第33話 都会の捨て猫

 数年経って、私はまた上京した。

 兄弟がみな本州に渡り家庭を持っていた事と、今の旦那と遠距離恋愛を続けていた事から、本拠地は東京以外に考えられなかったのである。


 そんな都会の片隅の、エレベーターのある雑居ビルの階段の下に、彼はいた。

 ネットカフェの入ったゴミゴミしたビルで、エレベーターがある為、階段の方に近付く人は少ない。

 だが何処からか仔猫の鳴き声がする。

 何気なく階段下を覗き込んで、私は絶句した。

 そこには、およそ自分でここまで来たとは思えない、一匹の仔猫が必死に助けを呼んでいた。

 誰かが開けた猫缶の中身がこんもりと傍らに山になっていたが、仔猫はそれに口を付けた様子はなかった。

 私は某ファストフードショップに走り、魚のフライと紙ナフキンを沢山頂戴してきた。

 ミネラルウォーターでナフキンを濡らして拭くと、仔猫は真っ黒に汚れていた。

 おまけに、目ヤニで目は潰れ、鼻は乾いた鼻水で完全に塞がれている。

 根気よく目ヤニを絞り出すと、ようやく目が開いた。

 だが人間を快く思ってないらしく、仔猫は私の腕の中からぴょんとジャンプして出てしまう。

 それを何度も戻し、今度は固まった鼻水を剥がしてやった。

 動物は、匂いで食べ物かどうかを確認すると何かのテレビ番組で見た気がしたがまさにその通りで、その途端、仔猫は猫缶の山をガツガツと食べ始めた。

 ついでに魚のフライもあげてみたが、何と仔猫はほかほかと湯気を立てるそれには見向きもしなかった。

 腹ペコの仔猫も食べないって、一体どんな魚を使っているんだ……と、ちょっと薄ら寒くなったものである。

 ご飯を食べて、仔猫はようやく私を束の間の保護者として認めてくれたらしい。

 身体を拭いてやると、見えるようになった大きな目で私を見上げ、ゴロゴロと喉を鳴らした。

 だが、私もペット禁止のアパートである。

 連れて帰る事は出来ない。

 せめて病気にならぬよう、身体やお尻を綺麗に拭いて、飼い主が現れるのを祈るばかりだった。


 翌日、気になってまたそこを覗いた。

 仔猫はもういなかった。

 以前、都会の植え込みの中に巣を作り、自活している鶏を見た事があるので、願わくばそうなっていてくれる事をあの大きな瞳を思い出して祈るのだった。

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