第32話 母猫は美しく

 ある日の仕事の休憩時間、私は公園で昼食を摂っていた。

 メニューは、サラダに、ポットパイになったシチュー。

 鳩という鳥はいつでも何処でも似たようなもので、ひょこひょこと頭を振って、食事のおこぼれを貰いに来るものだ。

 でも鳩が餓死したという話は聞かないし、キリがないので鳩には餌付けしないようにしている。


 食事も終わりに差し掛かった頃、一匹の母猫とやんちゃ盛りの三匹の仔猫がやってきた。

 恐いもの知らずの仔猫たちは、私の足元のベンチの下に入り込んで、落ちたパイ生地を拾って食べている。

 近所の猫への定期的な餌付けはしまいと決めていた私だったが、彼女らは言うなれば行きずりの仔猫ちゃんである(語弊がある)。

 だが、メニューはサラダにポットパイだ。

 あげられるものと言えばパイ生地しかなく、私は足元にパイ生地を崩してまいてやった。

 仔猫たちは、兄弟同士じゃれるついでに、パイ生地もつまむといった感じで食べている。

 しばらくそうして昼食を共にしていたが、ふと視線を感じて顔を上げた。

 するとそこには、手が届かないように二メートルほど充分距離を取った所に母猫が香箱座りしていて、ジッと私の顔を窺っているのであった。

 その視線を催促だと勘違いした私は、これはこれはお母様、気が付きませんで、とペコペコしてパイ生地を投げてやった。

 だがその瞬間、母猫はふっと目を逸らした。

 要らない、という強力な意思表示だった。

 母猫の真剣な視線は、私が仔猫に悪事を働かないか、ご飯をくれるのか、と値踏む視線だったのである。

 私が仔猫に構うとジッと見て、顔を上げると目を逸らしてしまう。

 けして人間と馴れ合わず、凜とした野良猫のプライドを感じさせるような母猫だった。


 野生とは厳しいもので、気付かぬ内にカラスが沢山集まっていた。

 仔猫を狙っているのである。

 動物好きの私は、カラスの賢いくりくりした黒瞳も好きだったが、仔猫を狙っているとなれば話は別である。

 立ち上がり、足を踏み鳴らして追い払ってやった。

 一斉に飛び立つカラスの羽音が響き、公園内は平和になった。

 見てた?

 私は、得意顔で母猫を振り返った。

 母猫はやっぱり、ふいと視線を逸らして、けっして人間に感謝なんかはしないのである。

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