第28話 三階の窓

 やがて私は上京し、当時の彼氏で今の旦那とは、その頃同棲をしていた。

 彼氏は、あまり動物が好きではない。

 私が野良猫に挨拶し、触ろうとすると腕を引っ張って阻止された。

 左手で猫を触ったら手を繋ぐのは右手、というように、極力動物との接触を避けていた。


 軽井沢に旅行に行った時は、乗馬体験を楽しみにしていたのだが、彼氏は乗らず私だけが一人ぼっちで参加した。

 その時は例によって「不潔だ」とか言っていたが、後からよくよく話を聞くと、「大きくて恐かった」というのが、断った理由だというのだ。

 おい。しっかりしろ。貴方もデカい部類だぞ。

 同様に、水族館でイルカにタッチするイベントも断られてしまった。

 カップルや家族連れで賑わう待機列で、ポツンと女が一人並ぶ様はある種異様で、飼育員さんに「あれ? 一人?」的な余計な気を遣わせてしまった。

 それでも、一人でも、イルカに触る気満々だったのだが。

 柔らかいゴムのような弾力があって、大いに癒やされたのを覚えている。


 そして、彼氏はよく寝惚けた。

 夢を見ては夜中にガバッ! と起き上がり、起こされる事が度々あった。

 誰かに追われる夢を見ているらしく、殺気が漂っているので、間違って殴られないようにまずは「大丈夫だよ~」と声をかけ、腕をポンポンと叩いて覚醒させ、「はい、寝るよ」と寝かしつけていた。


 そんなある日、いつものように夜中に起き上がった彼氏が言った。


「今、猫入ってきただろ」

「え?」

「黒猫が玄関から入ってきて、窓から出ていった」


 ちなみに住んでいたのは三階である。

 夢の話と割り切ってしまえば簡単だったが、アリスは黒猫だ。


「ふ~ん。実家の猫が遊びに来たのかな?」


 この時は、そんなに重要な事とは思わず、そう言って再び眠った。


 それからしばらくして、母に打ち明けられた。


「アンタには言わなかったけど、アリスが亡くなったよ。お父さんが、山に埋めてきたの」

「えっ? それ、いつ!?」


 時期を訊くと、記憶が曖昧ながらも、彼氏が黒猫を見た日と重ならない訳でもない。

 律儀なアリスが、姿を見せてくれたのかもしれない。

 何で教えてくれなかったのかとチラリと恨めしく思ったが、その判断は正しかった。

 もし教えられたら、仕事を辞めてでも実家に帰ると言い出したかもしれない。

 最後まで私を想ってくれたアリスには、感謝の念しかない。


 その後父が送ってくれた葉書には、白髪がポツポツと目立つ、老いたアリスが写っていた。

 赤ちゃんだったのに、いつの間にか私を追い越していたんだね。

 今までありがとう、アリス。

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