第27話 猫の楽園

 次に引っ越した先では、猫の楽園が待っていた。

 近所の住人が玄関先で餌付けをしている為、人懐こい猫が沢山いたのだ。

 特に、しゃがれた声の雌猫は、抱っこが大好きだった。

 座って膝の上に乗せ撫でるとゴロゴロと喉を鳴らし、帰ろうと地面に下ろしても、またピョンと膝の上に乗ってくる。

 嬉しい悲鳴で、「帰れないじゃないか~」と独り言を言ってはまた撫でた。

 いや、猫もいるから、独りと一匹言かな。


 家人によると、その雌猫はかつて、綺麗なソプラノだったという。

 何者かに喉を切り裂かれ、血塗れの所を助けたが、声はしゃがれてしまったそうだ。

 許せない蛮行だ。

 それでも人間を恐れずすり寄ってくる姿が、家人の愛情豊かな看病を想像させて、少しだけ救われたような気分になった。


 その頃私は、ある重大な事件(?)に巻き込まれていた。

 もともとネットストーカーされている節があったのだが、当時の同僚が某匿名掲示板のヘビーユーザーで、私を嫌っており、どうも私の事をある事ない事書き込んだり、なりすましをしていたらしいのだ。

 ウッカリ携帯を貸したら、その日から、彼氏とのメールの内容そのままの事を訊かれたりする事が続いて、何か仕掛けられたらしいと知れた。

 一人の時間や彼との時間を大切にしている私にとって、プライベートが筒抜けだというのは、かなりの苦痛だった。

 携帯を変えても変えても、同僚は追いかけるように携帯のキャリアを合わせてくる。

 恐怖とストレスで、私はしゃがれ声の雌猫の所に行っては、泣いていた。

 職場を辞めるのは簡単だったが、この現実にまで支障をきたすようになった状況を、何とか解決しない事には辞めるに辞められない。

 そんなふうに思っていた。


 今思えば不眠症になっていた私は、夜中に家を抜け出して猫に会いに行った。

 夜中でも、猫たちはそこにいて暖かく私を迎えてくれた。

 しゃがれ声の雌猫を抱いて、私はその背中で涙を拭いた。

「ひゃあ」

 にゃあと声を出せず、雌猫はしゃがれた吐息で鳴いて、私の手の甲を舐めてくれた。

 犬に比べて猫は薄情だなんていうが、アリスといいこの猫といい、人間が悲しんでいるのをちゃんと分かって、慰めているようである。

 また、テレビで見たが、野犬に襲われた小さな飼い主を助けようと、大型犬に体当たりして追い払った、勇敢な猫のニュースも記憶に新しい。

 本当にピンチの時は、必ず猫が側にいてくれたのだ。

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