第25話 通い猫

 その後、横浜のアパートの一階に転居した。

 それこそ猫の額ほどの庭があり、そこに洗濯機を置いていた。

 程なくして、その庭に嬉しいお客さんが来るようになる。

 鯖トラの、艶々した毛並みのお客さんだ。

 前の住人も可愛がっていたようで、ベランダを開けると何の抵抗もなく、スッと寄ってきて撫でさせてくれた。

 だが碑文谷での教訓があった為、ご飯は与えなかった。

 ほぼ毎日、鯖トラはやってきた。

 はじめは撫でるだけだったがちょっと薄汚れているのが気になって、蒸しタオルで拭いてやると、気持ちいいのかゴロゴロと喉を鳴らして部屋に上がってくるようになった。

 そして偶然気が付いたのだが、仕切り越しの隣人もこの鯖トラを可愛がっているようだった。

 庭に入ってくるのが見えてベランダを開けたら、隣人もベランダを開けて鯖トラを呼んでいるのが聞こえたのである。

 気まずい。

 隣人は、私の部屋に鯖トラが入ったと知ると、しずしずと窓を閉めた。

 気まずい。

 そして恐らく隣人の手によるものだと思うのだが、その日を境に、鯖トラが首にリボンを巻かれて来るようになった。

 飼っているなら首輪をつけるだろう。

 これは隣人の悋気だろうかと、やっぱりただただ気まずいのであった。


 ある嵐の夜も、鯖トラはやってきた。

 派手にくしゃみをして、鼻が詰まっている。

 風邪らしい。

 私は洗濯機の上に段ボールを横倒しに置いてタオルを敷き、仮住まいを作ってやった。

 鯖トラは大人しくその中に入って、翌朝覗いてもまだ中で微睡んでいた。

 その日はよく晴れた為、彼は段ボールから出て、庭の草の上でゆったりと座って洟をすすっていた。

 完全に、仮住まいを家の庭と決めたようである。

 この頃には、もう隣人は鯖トラを呼ばなくなっていた。

 庭を見れば、鯖トラがジッと座ってこちらを見ている。

 天国みたいな状況だった。


 だが良い事ばかりとはいかないのが世の常で、数日続いた猫風邪が治ると、洗濯機の惨状が明らかになった。

 段ボールに浅くしか入らなかったので、一晩中続いたくしゃみで噴出した洟が、緑色に尾を引いて洗濯機の表面にべったりとついていたのである。

 ちょっと拭いたくらいでは取れなくて、結局そこから引っ越す際に、新しいものを買う羽目になった。

 でもそんな散財も気にならないほど、彼が癒やしを与えてくれたのは事実だった。

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