第24話 上京

 程なくして私は、役者を目指して上京した。

 声優科のオーディションで準グランプリを受賞し、授業料の大部分が免除になったのが、親を説得する大きな要素になった。

 電話の向こうから聞こえるアリスの声はますます懐かしく、遠いものになった。

 一年間の声優科を経て、昔から大好きだった舞台の道に進み、遊園地のバイトをしながら劇団で活動した。

 楽しかったが、生活はじり貧だった。

 ポイントを貯めると貰えるオマケのお皿を目当てに、某ファストフードショップに一週間通いつめたら、栄養不足で爪が割れたなんて笑い話もあるくらいである。


 初めての東京暮らしはやはりまだ勝手が分かっていなく、先に上京していた寮暮らしの幼馴染みの近くに住むのが安心とアパートを探し、何と碑文谷に住んでいた。

 近所に寅さんやタモさんの家もある、超高級住宅地である。

 今思えば、何も知らなかったと思う。


 駅からアパートまでの間には公園があり、野良猫が沢山住み着いていた。

 その内の一匹が、隣の民家の屋根に上がり、二階の我が家のベランダにやってきては、日向ぼっこをしていた。

 目が合うと逃げてしまう為、彼の訪問に気付いても、気付かぬフリをして横目でチラチラと眺めたのを覚えている。

 そんな日が何日も続いて、私はついにベランダに缶詰を開けてしまった。

 彼は喜んで食べたが、じり貧の私は毎回ご馳走する訳にもいかず、やがて彼は、鳴いてご飯を催促するようになった。

 劇団での筋トレで疲れた私はグッスリだったが、どうやら朝方にもベランダで鳴いていたらしい。

 近所から苦情が出て、私は泣く泣くご馳走するのをやめた。

 『猫よけ』の薬剤が玄関前に置かれたりして、彼の身に危険が及ぶのを避けたかったのもある。

 安易に餌付けをしてはならないという、悪い見本のようなものだった。


 だがバイト先の都会の駅で、小さな捨て猫を見付けた時は、是が非でも懐に入れて家に連れて帰った。

 生まれたてで捨てられていた、アリスを彷彿とさせたからだ。

 段ボールに猫砂を入れてトイレを作ると、やはり上手に用を足した。

 もう少し大きくなったら公園に放して、先住猫たちに面倒をみて貰おう。

 そんな考えだったが、可愛さについ、猫じゃらしなどを買ってしまった。

 公園にその仔猫を放した後も、捨てるのが惜しくて、しばらく取ってあったものである。

 そんな時、ペット禁止の部屋に大家さんが来て、「猫を飼っているのではないか」と問われ、「飼っていない」と答えたが、玄関に出しっぱなしの猫グッズが丸見えで、気まずい思いをしたものだ。

 狼少年の例えよろしく、その後引っ越す際に、タイミング悪く誰かが分別しないで出した粗大ゴミを、私のせいにされて酷い目にあった。

 人間、嘘を吐かないで正直に事情を話そうという教訓になった。

 ベランダ猫は何度かご飯をご馳走したし、捨て猫は一時的に保護したものだ。

 この際だから、ここに正直に書いてしまおう。

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