第22話 一人暮らし

 やがて私は、札幌の短大に進学して家を出た。

 一人暮らしをしてから電話が開通するまでの数日は、寂しくて公衆電話から実家や幼馴染みに電話したものである。

 今みたいに、携帯は普及していなかった。

 電話越しにアリスの鳴き声を聞いては、ホームシックになっていた。

「アリスにかわって」

 大真面目にそう言って、母を苦笑させていた。


 アパートの周りには、姿こそあまり見ないものの、野良猫が何匹もいるようだった。

 ある夜中、叫び声で目が覚めた。

 子供の叫び声に聞こえた。

 驚いてロフトを下り、窓を開けると、両隣の住民も顔を出していた。

「子供だよね?」

 ──ギャーオ!

「……いや、猫だよ」

 季節は進学の春。

 そう、猫たちにとっては恋の季節だったのである。

 夜中に起こされたのはそれ一回きりだったが、アパートの住人に一体感が生まれていて、何だか可笑しかった。


 初めてのアパート選びは勝手が分からない為、ひどく壁の薄い家だった。

「ウーロン茶飲む-?」

 そんな声が隣から聞こえて来た日には、友人と二人で声を揃えて答えたものである。

「飲む-!」

 はた迷惑な隣人だ。

 また世界陸上が夜中にやっている日は、世界記録が出る度に、アパート中から拍手がわき起こったものである。


 アパートの何処かの住人が餌付けをしているらしくて、入り口横に缶詰が置いてあるのをよく見かけた。

 用心深いのか、食べている所はついぞ見られずに終わったが、恋は成就したようで、仔猫を連れた母猫を見かけた。

 牛模様の母猫に、とりどりの模様の仔猫が三匹。

「にゃ!」

 野良猫に敬意を払って挨拶する癖は、今も続いている。

 でも野良猫は、餌をくれる人間でないようだと感づくと、そそくさと振り返りもせずに去って行く。

 まれに足を止めてくれる猫がいたが、よほどお腹が空いていたのか、差し出す手を餌と勘違いして、租借されたものだった。

「いてっ。いてて」

 それでも頬が緩んでしまうのが、猫バカなのである。 

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