第18話 写真がほとんどない理由

 アリスとラドは末っ子の私の子供で、両親にとっては孫、祖母にとっては孫みたいなものだった。

 だから、みんなまさに猫撫で声で甘やかした。

 でも写真は一枚しか持っていない。

 家の前の公園で、草むらの中に佇むアリスの写真だ。

 古タイヤの遊具の横で、カメラ目線で決めている。

 

 写真が少ないのには、理由があった。

 ラドが家にきて少しした頃、庭の池の周りで金魚を狙う仕草が可笑しくて、父が連写したものだ。

 その後ラドは池ポチャし、家族を大いに笑わせてくれたが、それから間もなくして彼はお星様になった。

 『写真を撮ると魂を吸い取られる』。

 そんな江戸時代みたいな噂が立ったのは、あまりにもラドが急逝したから。

 それ以来猫の写真はあまり撮らなくなり、ラドを思い出すと涙が出る為、彼の写真は父しか知らない場所にしまいこまれてしまった。


 でも、密かに気に入っていた写真がある。

 ベランダの植木鉢棚の、最上階にアリスが、一階下にラドが寝そべって、上下から手を伸ばしじゃれている写真だ。

 表情は生き生きとして、二頭飼いの醍醐味みたいな写真だった。

 でもその写真も、父がしまいこんでしまった。

 もうそろそろ時効じゃないだろうか。

 今度実家に帰ったら、あの写真の在処を訊いてみよう。


 あの頃はまだ携帯もデジカメも普及していなく、写真屋さんに出して現像して貰っていた。

 あまり奇抜なアングルで猫を撮ると、誤写と間違われて、省かれてしまう時代だった。

 肉球だけを撮ると、六割の確率で写真は出来てこなかった。

 愛着のあるものは写真に残しておきたかったから、猫を撮らなくなった代わりに、日常の色んなものを撮るようになった。

 壁にかかっている煤けた造花、時代遅れのペナント、部屋の隅に転がったサッカーボール。

 だがそのどれもが省かれてしまった。

 本当に大切なものは写真なんかで留めておけないと、写真屋さんに諭されている気がして、文句は言わずに白黒反転のネガを陽に透かして、諦めたものだった。

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