第13話 v.s.赤ちゃん

 私は三人兄弟で、一回りも歳の離れた姉、兄、私の順だった。

 その為、小学生の頃には姉兄は家を出てしまい、猫が兄弟みたいなものだった。

 そんなある日、結婚した姉が赤ちゃんを連れて帰省するという。

 家の中を闊歩する結構なサイズのアリスを警戒し、姉は訊いた。

「お風呂には入れてるの?」

 心配はもっともだ。

 猫は自分で毛繕いをするから、一ヶ月か二ヶ月にいっぺんの風呂で良いと知っていたが、姉を安心させようと、「二週間に一回くらいかな」と小さな嘘を吐いた事を覚えている。

 それでも姉は、不安そうだった。


 夕食後の寛ぎのひととき、突然戦いは幕を開けた。

 赤ちゃんが、近くを通ったアリスが物珍しかったのか、声を上げて尻尾を掴んだのだ。

 猫は、ちゃんと人間の顔を見分けている。

 突然現れたかしましく小さい人間に尻尾を掴まれ、アリスは毛を逆立てた。

「ファ……」

「アリス! 駄目!!」

「……」

 威嚇しかけたアリスは大人しくなり、ふいと部屋を出て行ってしまった。

 驚いた事に、それ以来アリスは、なるべく赤ちゃんに近付かないように歩くようになった。

 この小さい人間に喧嘩を売っては「駄目」らしい。

 そんな風に思ったかどうかは分からないが、赤ちゃんがアリスに不戦勝状態なのは確かだった。

 いつ帰るのか、このままずっといるのか分からない赤ちゃんに対し、神対応だとまた惚れ直した出来事だった。


 一方私も、赤ちゃんと見えない戦いを強いられていた。

 赤ちゃんに悪気はないのだが、とにかく走ってきてどーん!とぶつかるのが、マイブームのようだった。

 身体が柔らかい赤ちゃんは平気らしく、キャッキャと笑い声を上げているのだが、私はビックリするし痛い。

 ある時、また赤ちゃんがぶつかってきた。

 私は思わず、「痛いよ!」と拳で軽くお腹を押し返した。

 するとそんな反応をしたのは私が初めてだったようで、赤ちゃんはビックリまなこで私を見上げた。

 『きょとん』の見本のような表情だ。

 それ以来、赤ちゃんは私にぶつかってこなくなった。

 猫と一緒にしては悪いが、『噛まれると痛い』事を知らなかったアリスのように、赤ちゃんも、誰にも『ぶつかると痛い』と教えられていなかったのかもしれない。

 数日で姉と赤ちゃんは帰り、アリスは神対応のまま、また家中を闊歩する権利を得たのだった。

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