第10話 庭で昼寝していると寝息は家の中

 次に私と母が名付けたのは、マジシャン猫『ミストフェリーズ』から名前を取った、『ミスト』だ。

 ベースは黒猫だが手足の先が白いソックス猫で、お星様になったあのソックス猫に少し似ている。


 ミストは、家のベランダに初めて現れた時は、まだ仔猫だった。

 ミュージカルでは、小柄な黒猫ミストフェリーズにそっくりで、名前は即決まったのだった。

 ミストは、ラムと好対照で人懐っこい猫だった。

 よく食べよく遊び、猫じゃらしを追いかけて家の中に入ってくる事もしばしばだ。

 でも自分が家の中にいる事に気が付くと、思い出したようにトコトコと外に出て行く、慎ましやかな猫だった。

「もっといても良いんだよ」

 特に雪の日なんかはそう声をかけたものだが、ミストはけして欲張らずに外に出ていった。


 ある日、家から五百メートルほど離れた小道でミストと会った時は驚いた。

 野良猫とは、こんなに遠くまで縄張りがあるのかと。

 家の猫は、せいぜい目の前の小さな公園止まりだ。

「ミスト。ミストだよね?」

 思わず声をかけたが、いつも人懐こい筈のミストは、ふいと顔を逸らして行ってしまった。

 あれはミストだったのか。

 本猫ほんにんに訊いてみても、答えは返らず、永遠に謎のままだった。

 同じ頃に似たような場所で黒猫を見かけ、「アリス?」と声をかけたがひと違いだった事から、案外ひと違いかもしれない。

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