第9話 触りたくても触らせないよ

 この頃には、猫にもネットワーク(ねっこワーク?)があるものか、ベランダに随分と野良猫が集まるようになっていた。

 アリスとラドは外を行き来するからか、けして野良猫を威嚇したりせず、上手くやっているようだった。


 猫好きが高じて、ミュージカル『CATS』を母と観劇したのも、この頃だ。

 私と母は、この猫だけが登場するミュージカルにあやかって、通ってくる野良猫に競って名前をつけていた。


 中でも印象に残っているのは、『ラム』だ。

 『CATS』に登場するつっぱり猫『ラム・タム・タガー』から名前を取ったもので、真っ白で筋骨隆々の立派な野良猫だ。

 最近の『CATS』ファンの方はご存じないかもしれないが、ラム・タム・タガーは元々、エルヴィス・プレスリーのホワイトレザーの衣装を参考にした、白猫だったのである。

 最近になって、プレスリーを知っている世代が客層に少なくなったからか、つっぱり猫のイメージを分かりやすくする為にロックテイストの豹柄に変更されたようだ。


 そんなラムは、まさにつっぱり猫。

 けして人に身体を触らせず、媚びず、群れず、いつも一人でやってくる。

 ベランダからジッと中を覗き込んで、無言の圧力でご飯が出てくるのを待つのである。

 冬などは、雪景色に同化して気付くまでしばらくかかる事もあるが、慌てず騒がずただ睨みをきかせる我慢強い姿勢は、尊敬さえ覚えるものだ。

 そしてカリカリ(固形キャットフード)を出してあげると、がっつかずにまず「そんな人間の近くじゃ食べられねぇな!」と文句を言い、ベランダから遠くにご飯を移動させ、食べている間も人間に対する警戒を怠らず、うにゃうにゃとデッカい文句を言いながら平らげるのである。

 ラムとの付き合いは、数年に及んだ。

 はじめはそんな調子だったラムも、だんだんベランダに近い所で食べるようになり、ついに食べている間は(相変わらずデッカい文句は唸っていたが)身体を触っても怒らなくなった。

 その時の感動たるや、母と小躍りしたものである。

「あのラムが!」

 人間、高嶺の花ほど落ちた時が嬉しいものだと知った瞬間だった。

 

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