第8話 王族誕生

 追いかけっこをしてはアリスに噛み付かれていたラドだったが、彼はそれでしょげるような性格ではなかった。

 それどころか何と、我が家から王子が生まれたのである。

 猫は、目上の者へのマナーとしてトイレの後に砂をかけるが、彼は一切かけないのだ。

 これこそ、「この家で一番偉いのはボク」と思っている証である。

 さすが猫らしい猫だ。

 一筋縄ではいかない。

 力業では勝つアリスも、その余りの傍若無人ぶりに恥じてか、その後トイレを使う時に上から砂をかけるほどである。

 

 もう一つ、ラドが自分を猫王子と信じて疑わないと思える事がある。

 水の飲み方だ。

 その頃は専業主婦の母が毎日家に居たから、水が飲みたくなると催促するのである。

 猫用の水が皿に入れてあるのにも関わらず、蛇口に手をかけて。

 そして細く水を出してやると、器用に肉球を濡らしそこを舐めて新鮮な水を楽しむのだ。

 絵面は微笑ましいが、頻繁に催促される方の身にもなって欲しい。

 私も一日に何回も使われたものだ。


 そしてスーパーモデルもかくやと思わせるスレンダーボディのくせに、自分の皿に片足を入れて『確保』した後、おもむろにアリスの分のご飯に口をつけるのである。

 アリスには悪いが、しばらく笑いの種だった。

 やがて仲良く並んでご飯を食べる二人の図は夢となり、アリスはキッチンの隅で避難飯となるのであった。


 そんなラドが、唯一恐れる生き物がいる。

 人間の子供だ。

 ある日、外から尋常じゃないラドの悲鳴が聞こえてきて、慌てて救助に走った事がある。

 怪我はないかと家に入れて見てみると、ちょうど眉毛の位置に、ピンクのマジックで線が一本引かれていた。

 外を見ると、呆然とした様子の四~五歳くらいの女の子。

 手にはマジックを握っている。

 自分がした事の重大さに今にも泣きそうに顔を歪めていて、まるで叱られるのを待っているようだった。

 そんな子を怒鳴りつけて泣かせるのは趣味じゃないし、後悔しているのは充分に見て取れたから、そのまま見逃してあげた。

 油性マジックだったから、ラドには数日眉毛猫のまま過ごして貰った。

 家の中では王子でも、外には恐いものがあると少しは知っておいた方が、ラドの為にはなるかもしれない。

 災難だったね、ラド。

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