神と紅の少女

@feired7

第1話

「はぁ~……本当にやってられない。なんで俺がクビにならなきゃいけないんだよ」


 神社の境内で一人の男が、ぶつくさと愚痴をこぼしながら夜空を見上げている。夜空には雲があり、星なんて見えない。そもそも、神社の境内から見える街の灯りで星なんていつも見えないのだ。


「良い物を作る。その為にはダメな部分を探して、報告して、改善を考えて、提案を報告して……これの繰り返しでしか本当に良い物なんて作れないっての。なのにあの上司ときたら、俺のことを文句の多い奴だと思いやがって……」


 男は立つのを止め、鳥居の近くにある階段に座った。


「提案するのが悪いことなのかよ……バグを見つければいいってもんじゃないだろ。

 はぁ~あ、神様にでもお願いすれば俺が悪くないってのが、わかるんかねぇ」


「神はもう居ないわ」


「うぉっ!?」


 男は突然聞こえてきた声に驚き立ち上がり後ろを振り向くと、そこには一人の紅い巫女服を着た少女が一人、男を見つめて立っていた。


「な、なんだ急に現れて……というか誰?」


「忘れてしまったの?まぁ人間の記憶力なんて大した事ないものね」


「おいおい、俺の記憶力を馬鹿にしないでくれよ。

 ちょっと待ってな今思い出すからよ……えっと……」


男が少女の頭の先から足の先までじっくりと見る。


「どう、思い出せたかしら」


「うーん……思い出せないな」


「やっぱり。私のことを覚えてるわけないわ」


「いや、待て。俺はお前のことを知っている……気がする……」


男は目を閉じ、少女の事を思い出そうとする。


「んー……確かに姿は見たこと無いけど、

 どこかで会ったことがあるような気がするんだよな……」


「私と貴方はこうして会うのは初対面よ」


「ん?初対面なのか……でもこうして会うって言ったって事は、

 別の形で会ってたりするのか?」


「……口が滑ったわ。私は貴方の夢で出て来たの。覚えてる?」


少女が首を傾げる。


「夢だって?夢なんて最近結構見てるから、覚えて…………」


男はふと気づく。

この少女の声に聞き覚えがあることを。


「……ああ……思い出した……あの時の夢か。

 俺がゾンビみたいな奴らに追っかけまわされて、襲われそうになった時だ。

 俺の視界が赤く染まって、目の前にはゾンビが居て……なにが起こったの

 かわからなくて混乱した時だ。

 お前の声が聞こえたんだ。

 そんでもって、気がついたらゾンビは消えて俺は目が覚めた」


「そうよ、あの時の声は私よ。それにしてもよく覚えていたわね。

 あの夢を見てからもう一ヶ月近くも経つというのに」


「忘れられるかよ、あんな悪夢。

 お嬢ちゃんのお陰で助かったみたいだったけどさ」


「それが私の役目だから」


「役目?俺を助ける役目?」


「違うわ」


「違うのかよ」


「貴方に伝えなきゃいけなかったから。覚えてる?私が言った言葉」


「ああ、覚えてるとも。忘れもしないよ。

『この島は赤いなんとかで呪われている!

 この島は赤いなんとかで呪われている!!

 この島は赤いなんとかで呪われている!!!

 この島は赤いなんとかで呪われている!!!!

 この島は赤いなんとかで呪われている!!!!』

 ……ほら、覚えてた」


男はドヤ顔で少女を見つめる。


「私『なんとか』なんて言ってないわよ」


「それはあれだ、そこの部分だけ聞き取れなかったんだ。

 あの時なんて言ったの?」


「それはもう言えないわ」


「なんでさ」


「そういう約束なの」


「約束?誰との?」


「神よ」


「はぁ?神?」


「そうよ。もうこの世には居ない神との約束よ」


「なんだそりゃ」


少女は男が座っていた隣に座る。

それを見て、男も少女の隣に座るのだった。


「神はもう居ないの」


「それさっきも言ったな。一度言ったことは二度と言わないって、

 神様と約束したんじゃないのか?」


「これは約束してない。約束したのは呪いの事だけ」


「あーそうかい……その呪いって、結局なんなんだ?」


「呪いは呪いよ」


「そりゃそうだけど、紅いなんとかの呪いって

 どんなものなのか教えてくれよ」


「貴方面白いわね。呪いに興味あるなんて」


少女は街を眺めながら、男に言った。


「五回も同じこと言われたんだ。気にならないわけがないだろ」


「……知りたい?」


「もちろん」


男は少女を見つめているが、少女は街を眺めたまま答えた。


「……それは私にもわからないわ」


「わからないんかい!」


「わからないものはわからないわ。

 私は神様から貴方に伝えて欲しいと言われたから伝えただけよ」


「そうかい……まぁわからないんじゃ仕方ないか……」


男は少しがっかりとした表情で空を見上げる。


「……なぁ、神様はもうこの世には居ないって本当かよ」


「ええ、本当よ。もう神々は滅んだの」


「どうしてさ」


「人が堕落してしまったから」


少女の顔が少し悲しげな顔へと変わる。


「神とは人が生み出した物。信仰を得て神として大きくなり、人々を支えてきたの。

 だけど数年前、ついに神は人に見離され神としての力を失い、滅んでしまったの」


「……それって、お嬢ちゃんの神がか?」


「全ての神々よ……」


少女の目線は街の方から段々と下り、境内の下へと向いた。


「全ての神々って……日本全国のか?」


「日本だけじゃないわ。世界の全ての神が力を失って滅んだの」


「へぇ~」


男は空を眺めたままそう答えた。


「驚かないの?」


少女の顔が男に向く。


「神様なんて二次元でしか興味ないからな。俺も、他の人間も。

 北欧神話のゼウスだろうが、リヴァイアサンだろうがみんな

 ゲームの世界の生き物でしかないからな」


「………」


「宗教とか入ってれば自分が信仰する神とか居るだろうけど、

 俺は神とか信じないからな」


「……そのくせさっき、神様を頼ってた」


「………。

 そ、そんな時もある。それほど困ってるんだ」


男は少し苦笑いをしながら、少女に顔を向ける。


「無駄よ。困ったとしても、もう居ないの。

 人間が堕落してしまったから」


少女は男から顔を逸らし、再び街を眺める。


「……なぁ、そのさっきから言ってる『堕落』ってなんだよ」


「そのままの意味よ。人は悪い方向へと向かっているの」


「………」


「人が神を見離したように、神もまた人を見離した。

 神が人を見離してから数年、私は現代に生きる人間達を見てきた。

 人を人として見ない者。

 自分の思った通りにならないと、人のせいにする者。

 人を騙し嘘の事を人々に広める者。

 昔は少なかった者達が今、増えているのを私は実感しているわ」


確かにそうなのかもしれない。男はそう思ったが口には出さなかった。


「堕落……間違っていないでしょ、この言葉。

 さっき言った事を行ってる人間は人間以下の存在だと私は思っているわ」


「……まぁそうかもしれないな。そんな奴ら正直言ってクズだ」


「神は人の上に人を作らず。人の下に人を作らず。これは今も昔も同じ。

 だけど人は勝手に堕落していくの」


「堕落ねぇ……」


「貴方も堕落してるかもしれないわね」


「そうかも……」


男は目を閉じ、自分が堕落していないか考えた。


「俺も堕落してるかもな。自分ではいい事と思ってやってるつもりだけど、

 人から見たらただの文句。そう思われてるのかもな」


「どうかしらね。人の心はわからないわ。

 私だったら善意を持ってやってくれるなら、それは良いことだと思うけど」


「素直だねぇ、お嬢ちゃんは」


「そのお嬢ちゃんと言うのはやめてもらえるかしら。

 私は貴方よりも何百年も生きているのだから」


少女は目を閉じながらも、少し苛ついた表情で男に言った。


「え?そうなの?ロリババァって奴?」


「貴方もかなり素直だと思うわよ。本音なのだろうけれど、

 女性に向かってババァは失礼だと思うわよ」


「ああ、ごめん……なさい……。

 えっと、それじゃ……名前かなんか聞いてもいいですか?」


「名前なんて無いわ。ただの神の使いよ」


「そうかい……」


「さて、もう気晴らしはできたかしら」


少女は立ち上がり、男を見下す。


「私はそろそろ戻るわ。貴方は早くこの地から離れることね」


「え?それってあの夢の呪いの事関係してる?」


今度は男が立ち上がり、自分より背の小さい少女を見る。


「ええ、そうよ。私が夢のなかで言った言葉を覚えているなら、

 どこまで逃げればいいかわかるはずよ」


少女は神社の方へと身体を向ける。


「それじゃ私は失礼するわね。さようなら」


少女がゆっくりと歩き出す。


「あ、おい!ちょっと待て!」


男は少女を止めようとしたが、少女が鳥居の下へ着いた瞬間、

少女は深い闇の中へと突如消えてしまった。


「………。

 この島は赤いなんとかで呪われている……ねぇ」


男は一人境内から見える街の灯りを目に、階段を降り始めた。


「この地から離れろって……ここ本州なんだけどなぁ……」



空を覆っていた雲は風で流れ、消えていた。

街の灯りが空の星々を閉ざす中、一つの星だけが夜空に輝いていた。

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