最終話 「痛くない話。」

 世の痛い話。

 この手の話は集めるとキリが無いのだが、一方でどうやって締められるか何度か考えたことがありまして。

 あるとしたら、結石再発して更に酷い目に遭うか、死ぬくらいか、のどちらかだと思っていました。

 で、それ以外にまだ閉め方が事に気づいたわけです。それがこの「痛くない話。」


 もう3年前ですか。

 誕生日の前日、運送の仕事中に利き手の右手首折っちまいまして。そりゃあもうポッキリと。

 肋骨にひびを入れたことは何度かありましたが、完全に折ったのは今回が初めて。

 原因は倒れた時に手で支えようとしたら左手にクソ重いお客さんの荷物持ったままで、素直に受け身取りゃ良かったんですが、どう言う訳かその日だけは空いていた右手で支えちゃったんですよねぇ

 

「これは抱えていた荷物の重さの分!」

「これはたるんだ貴様の全体重の分!」

「そしてこれは転倒で生じた加速の分だぁぁぁぁ!!」


 そりゃあもう、ポッキリと。後で観たレントゲンの写真

 ですがねぇ。


「……な……何故……貴様荷物を持てる……っっ?」


 自分でも不思議だったんですが、転んだ時の痛みがほとんど無かったんですわ。第一声が「あーあ、転んじゃやった」でしたから。誕生日の前日と言う事もあり、早く帰りたいから、とそのまま仕事続けましてね、折った右手で重い荷物持ち続けて(笑)


 職場に帰ってから右手首が異常に腫れてるんで、捻挫してるのに無理しすぎたなあ、って思い、上司に労災対象だから病院行って診察受けろと言われて直ぐ行ったんですよ。


 外科の先生、腫れてる患部観るなり一発で


「あー、これ折ってるねぇ」


 ソレ聞いた時、はぁ?って顔になりましたわ。いやだって転けた後も右手で重い荷物持ってましたし……ってそこでようやく、右手の中指薬指そして小指が動かなくなってる事に気づきましたわ。

 まずレントゲンを撮り、そして人生初のCTスキャン。あの、ぐぉんぐぉんやかましいアレ。現物は6年前に鬼籍入りしたうちの母親の脳腫瘍検査で付き添った時に何度か見たことがありましたがまさか自分も利用する羽目になるとは。

 で、両方撮った結果、先述の通り右手首を構成する二本の骨が両方とも完全に折れてました。特に親指のある方の骨は骨折した時にずれてて、しかも断面が衝撃で削れて破片が中で散ってる状態。


「これはひどい」


 レントゲン写真を使った先生の説明を、まるで他人事のように聞いてるおっさんは何を隠そう私です。


「固定する前にまずこのズレてる骨直さないと。おーい手の空いてる人は来て」


 先生は屈強な男性医師を召喚した。テッテレテー。


「ズレを直すって」

「骨折してる手首を一度引っ張ってはめ直すんですよ」

「なんでもうひとりいるんです」

「二人がかりじゃないと無理なんですよ」

「むりって」

「ほら、さっさとやろう」


 このとき既に診察時間外の夜。先生だって人の子、早く帰りたいでしょ?

 1人が手を、もう1人が腕を押さえて物理ではめ直す施術です。

 聞いたとはヤベェと思いましたわ。あまりのことにこの痛い話のネタになるとすら思わなかったほど。


 右手の医師たん「がっしゃんだね」

 腕の医師たん「がっしゃんだね」

 右手&腕医師たん「う~~~~んっ、がっしゃん!!」


 幼児番組シナ○しゅがもっと前に放送開始していたら間違いなく過っていたでしようソレ。

 それはさておき、言われたとおりの施術が行われましてね、

 ヘルプで来た男性医師に言われたんですよ、


「声を出していた方が楽ですよ」


 デスヨネー、エッチの時に女性が声出すのはその方が楽だから、って聞いたことあります、――と言うのをこらえたが流石に発想は元エロゲーライターの性。天井のシミ数えたって痛いのは変わら(禁則事項


 とりあえず「がっしゃん」したわけですよ。割とあっさりと。

 先生曰く暴れなかったからだと。普通は大の大人でもこれはキツくて、二人がかりは暴れる患者を力尽くで抑える為でもあるのです。

 それが、あっさりと、がっしゃん。そのままシナぷしゅでひーたんみーたんに見守られながら「がっしゃんだね」「がっしゃんだよ」「がっしゃーん」と言われる動画が作れるほど。


「これで応急処置が出来る……ふむ」


 そこでようやく先生が不思議そうに訊いてきたんですよ。


「貴方、痛くないんですか?」

「ええ。まったく」


 自分でも不思議なくらい。

 いや、痛覚はありますよ? でなければ尿管結石で激痛地獄を味わう訳がない。

 そうなんですよ、激痛地獄。


「尿管結石に比べたらこんなのですよ!!」


 外科の現役医師二名相手に大見得切りましたよ。半分はウケ狙いでしたが、半分はマジですよマジ。あの地獄の日々と比べたら、マジで痛くない。それ故に、折れた右手でも重い荷物運びが続けられたのですから。


「……だよなあ」

「あれよりは……」


 まさかこの二方もストーンユーザーという衝撃の事実。何かのトラウマスイッチ入れたくらい昏い顔に。

 しかもこちとら竿に半日詰まった経験あり。ソレ話したらスゲェ食いつきでしたよ(笑)、ガヂで心配してるんだろうなあ最悪のソレ……(笑)


 結局右手が折れてるのでは仕事は出来ないので金具入れて固定する手術から抜糸まで3ヶ月近く休職。労災扱いだったのでぶっちゃけⅠ円もかかりませんでした。まさかの懐も痛くない話(笑) まあ給料全額で無いのと休職中の交通費が後から減らされて暫く窮乏生活を陥るのですがそれはまた別の話。続かないけど。


 痛くない話と銘打ちましたが、実は割と深刻な「痛い話」はあったりします。

 半年後に抜釘して一応骨はくっついてはいるんですが、ボルド刺す為に開けた骨の穴が完全にきれいにはならなかったのと、半年間まともに使わなかった事による右手の筋力低下は痛すぎました。握力60はあったのに未だに20しかない。リハビリで同じように右手折った小学4年生の女子と指相撲して負けてしまうレベル。若い子の快復力は年寄りには眩しすぎる……げほげほ。今、手首強化用のトレーニング機器使ってまだリハビリを続けていますが、まあ完全回復は無理だろうなあ、トホホ。




                 痛い話、これにて、完

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「痛い話。」 arm1475 @arm1475

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