シーン2 生きた花園
「ビジネスじゃないだと? 前にも言ったが、探偵業は子供の遊びじゃない。そうやって、ルールを無視して情に流されたら、どうなるか分かって言ってるのか?」
ため息の後、一考した様子で釘を刺すように、不良老人が言う。私は保護者気取りが癇に障ったのではっきり言ってやる。
「馬鹿馬鹿しいわね」
「年寄の忠告は聞くもんだ。特に子供のうちは」
「アンタの理屈なんて、どうせ、個別の状況を無視して作られた思考停止そのものなんじゃないの? 規則に従ってれば全部上手く行くなら、世の中だれも苦労しないわよ」
「だが、未成年からの依頼は親の承諾ないで受けれないのは、探偵業法上の決め事だ。俺のルール云々じゃない」
「さっきも言ったけどビジネスじゃないわ。歳を重ねて利口になったつもりで、リスクを避ける余り、父親に会いたい娘の手助けも出来ないのが探偵って訳?」
「そういうことなら、俺はこの件については、一切知らんからな」
不良老人は言い捨てて私達に背を向けた。
「ええ結構だわ、弱者を助けるのがアンタの矜持じゃないってことは分かったわよ」
私は事務所を後にするとき、向き直ってこちらをにらむ所長に分かるように、嘲笑を浮かべてやった。ここに出入りを始めてからも、不良老人は、依頼人に紹介する以外、ガキとかお前とか言う。私はひょっとすると、少々頭に来てたのかもしれない。
◇ ◇ ◇
列車を下りると、そこは、ひまわり畑。それとも花園か。二人を邪魔するモノはなく。抱かれて見渡すと、黄色い地平線。ミツバチが飛び交う。私はそれを恐れない。
好奇心から、目の高さにある一輪を眺める。何対ものめしべとおしべが並ぶ。人も皆、同じように対を成すのだ。
夕方近くまで、ひまわり達の間に身を潜めたり、追いかけっこをしたりして、過ごした。時折見失い。時折現れて驚かす。彼を探したり、見つけられたりするのは幸福な時間だ。私はずっとここに留まりたかった。ここに母は居ないから。だけれど分かっていた。やがて、列車がやってきて二人を街へと連れ戻すのだ。
◇ ◇ ◇
15分ほど後。吉川アリスのアバターを伴って、高架を二度くぐった先。山手線の外側。交差点の傍にあるファミレスで事のあらましを聴いていた。
<父と母は今年の3月に離婚しました>
<原因は? 浮気?>
<表向き円満な、協議離婚です。ことの始まりを話すなら、私が中学に入った頃から父の経営する会社は傾いてたようです>
<社長さんだったんだ>
<ええ。そして、父は家に帰ってこない日が続きました>
<母も段々家に居る時間が短くなってきて、仕事も忙しい時期だったのでしょう。新しいプロジェクトの課題について、私にも愚痴を言う有様でした>
アリスは遠い目をしていた。10年は前のことを思い出すように。
<共働きの夫婦が、すれ違うのは得手して仕事が原因になりがち。よくある話だわ>
<父も母も休日も家に居ないことが増えてずいぶん、不安で寂しかった。二人ともお小遣いでは報いてくれるんです。洋服を買うといい。欲しい本を買うといい。ゲームを買うといい。最初は言われるままに、気晴らしに買い物を楽しみました>
子供に構ってやれないことを金で報いようとするのは私の家と同じだ。内心苦笑する。
<だけど、夏には、二人は会えば口論するようになってました>
<秋頃、母の様子が以前と違うことに気付きました。口紅の色、チークの加減。もっと言えば朝着替える時に選ぶ下着。そして、休日、上機嫌で出社するんですよ>
アリスは困った表情をしてみせて言った。
<当時は私に内緒で外で父と会ってるのかと。正直嫉妬したけど、離婚されるよりはいいと思いました>
<でも違っていた>
<ええ。父の会社は倒産。取り立てが住居や母の資産に及ばないよう。私達の生活を守るため形式的に離婚して別居するという話でした。それが一週間もしないうちに、アイツを自宅に招くようになったんです。母の上司にあたる男でした>
ドリンクバーのグラスを挟んで座るセーラー服姿。彼女の目が何もかもを非難するような色を帯びる。
<そして、お父さんとは連絡が付かないのね>
<はい。連絡に応じてくれません。母は父の居所を教えてくれません>
シンプルなケースかもしれない。第三者の私なら返信がある可能性を考える。
<お父さんのメールアドレス教えてもらえる?>
アリスからアドレスの共有を受ける。一考して、私はすぐに取り掛かれることを探すことにした。
<会社の社長さんなら、SNSはしてるのよね。実名で>
<ええ、そうですね。でもそこには書き込みは今はありません>
<下の名前は?>
<父ですよね。夏雄です>
私はその名前の検索結果を表示した。
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