シーン17 東京は夜の七時
「さすがですな、知られたく無いところまでご存じだ」
平澤が苦笑する。いろいろ考えたが。俺は現実的な答えを返すことにした。そしてもう一本取り出して火を点ける。
「雇ってはやれんな」
そういって紫煙を吸い込んだ。
「どうしてよ、あんたより早く黒幕を始末して、腕っぷしの強いところを見せたし。推理も完璧なはずよ」
思った通りすごい剣幕だ。
「いや、雇うって言ってもだ。月給をやれるほどの金は無いし。お前も学校があるだろう。それに時間給をやるには労働時間を把握しなきゃいけないだろう?」
「ここまでさせといて、その返答は何? 信じらんない!!」
急に騒ぎ始める。こいつはなっから既成事実を作って、こう出るつもりだったんだろう。食えないガキだ。こちらもさっき考えておいた答えを返すことにする。
「いやいや、待て待て、悪いようにはしない。請負でどうだ? 手が足りない時、お前に仕事を任せたり、手伝って貰うってことで」
「なによ、それ・・・。経費は上乗せ申請していいワケ?」
「お前は探偵がしたいんだろう? 事務所にはいつ出入りしてもいいぜ」
「ふん。分かったわよ。元受けさん」
幸い機嫌が直った。うまく丸め込んで人手を確保できたと思いたい。こいつは子供だから、なんだ、こうもっと安全な仕事を振って貢献してもらおうか。しかし、毎回支払いでひと悶着ありそうで面倒そうだ。頭が痛い。そこにレナからチャットで三行の連絡が入る。〔AI凍結。〕続くのはサーバのアドレスと、管理している施設の住所だ。
平澤は煙草を足で消して。
「取り込み中、申し訳ないですが、谷崎のグループの足が見つかったんで。行かせてもらいますよ」
「ちょっと待っていただけますか」
「なんですかね」
「端末を乗っ取って下さったんで、仕事が楽でしたがね。今入った連絡で分かったんですが、うちのもう一人が制御してたAIの入ったサーバを無効化しました。置いてある住所がこちらです」
俺はチャットをコピペした紙片を渡す。受け取ってそのまま行こうとするのでもう一度呼び止める。
「それからこれが問題だったんですよね」中空に出現した帳簿を手に取り、平澤に差し出す。開けるなりうめく。そうだろう。当然だ。
「こ、これは・・・」
「助手の言っていた証拠って奴です。坂田が谷崎姉弟が捕まったことを知って証拠を隠滅する前に手に入れておきました。インベントリから直接。うちのハッカーが輪をかけて有能でしてね。彼は何かのミスで、これを渡してしまった。五菱で使われている帳簿と表紙が同じですものね。岡部さんは、怖くなって消した。だがそれを信じなかった。だいたい事の始まりはそんな感じじゃないんですか?」
「これ頂けるんですか?」
「いやいや、こちらも商売なんで、幾らで買っていただけます? これがあると更に谷崎達の上へとたどれるかもしれない。何せ彼らの組織は最近流行りの秘密結社スタイルだ。下部は上部の指令で動くが目的は知らされない。姉弟を尋問しても何も出てこないが、帳簿があればいざって時モノの流れが追える。そうですよね」
踊らされた事に対する意趣返しだ。ふっかけていいだろう。俺は汗を拭くがハンカチは既に汗まみれで気休めにすぎない。平澤は帳簿を眺めてから眉をひそめて一考した様子で言った。
「八神さんに相談してください。彼女が今回の指揮を執ってるので」
「指揮?」
「私が五菱の上層部に今回の件を垂れ込んだら、紹介されましてね。今回ずっと、伏せてましたが、彼女、警視庁捜査二課で企業を狙った犯罪を担当しています。やり手ですよ」
参ったね。一番食えないのは、八神幸子って訳か。これは金を引き出すのが面倒そうだ。もう一服していく気になったのか、平澤が再び煙草を取り出して火を点ける。俺も一口吸って吐き出した。ふと目をやると、茶トラの猫がこちらを見てアクビをする。俺たちを尾行していた機械人形だ。自立制御のランダムな仕草。念入りな擬態だ。
ゴホッ、ゴホッ。ガキが咳をするので。気になって聞く。
「お前、変なところ殴られていないか?」
「メディカル・アプリでチェックされては?」
「アンタたち煙草を消しすらしないのね。喫煙者って本当に無神経!」
◇ ◇ ◇
二日後の夜の七時。私とクロエは渋谷にあるビルの二階のファミレスに居た。サーバにワイヤレスで制御されるウェイトレスが愛想の良い笑顔で客を席に案内するのを見つめる。机の上の
「にゃははは、ネットの下調べだと最近のブルトンは悪いうわさは聞いてないわ。そしてなんと今日はアンタの好きな、前世紀末のハウスミュージックが得意なDJだにゃ」
そう言ってから、クロエの伊達メガネが光る。
「あんた、中学の時もいろいろやらかしたけど。今回のはどうなったの? 名探偵になるって言って、朝まで二人で探偵の着てた服とか靴のブランドの出店場所を検索したじゃにゃいの」
この間の金曜日がずいぶん昔のことのようだ。私は守秘義務に抵触しない程度に今回の事件のあらましをところどこぼかしながら話した。その間に会計を済ませて、夜の渋谷をクラブに向かう。私としては奥さんの安堵した顔が忘れられない。浮気を咎めないつもりでいても。嫉妬は心を蝕むものだ。
「いやー、参ったわ。名探偵の名に恥じない活躍をしたんだけどね。ほんっと女子高生には向かない職業だったわ」
「じゃあ辞めちゃうの?」
「いやいやとんでもない天職だわ。いやマジ」
「あらあら、たいていは飽きちゃうのに今回は続けるんだ」
「なんてったてスリリングだもの」
話が終わる頃には、私達はブルトンの扉を開けるところだった。隙間からバスの低音がテンポ良く洩れ聴こえ、体を揺さぶる。
「さぁクラブデビューのやり直しよ」
私は景気づけに言った。
第一話 女子高生には向かない職業 完
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