シーン14 夏の夜の夢~前編~
八神幸子を追って人通りの少ない暗い路地に入る。すぐに、以前レナに渡されたスニーク・アプリの効果対象にガキを加える。
<承認しろ>
<なにこれ? こんなもの承認するわけないでしょう?>
予想された反応だ。他人からの外観制御を承諾するのは、親から要求された幼い子かカップル同士ぐらいなものだ。
<これが道玄坂で姿を消した方法のタネだ。相手から見えなくなる。人ごみでは使えないがここでは打ってつけだ>
<馬鹿なこと言わないで。もし、尾行されていることが分かってるなら、
<これは
間を置いて付け加える。
<もう一方に対する保険になるはずだ>
ガキは忌々し気に承認をタップしたようだ。俺がアプリを起動すると姿が半透明に見える。これは互いを認識するためだ。周りからは俺たちは見えない。
八神幸子はさらに道を歩いていく。時折、鼻歌を歌いながら。並ぶ住宅の間に偶に飲み屋があったり、クリーニング屋があったりする。しばらくすると道の右手は小学校になる。彼女はふと振り返る。こちらを見ている。まさか見えるハズはない。しかしこちらをしばらく凝視するので、つい俺も後ろに目をやる。光る目が二つ。街灯に近づいてそれが茶トラの猫だと気が付いた。視線を戻すと彼女は猫を見て安心したように歩き出した。
何度か角を曲がり、街灯の少ない薄暗い住宅街を歩いていく。偶に和菓子屋があったり、大きな通りを渡ったりする。しばらくすると板橋駅の北を東西に延びる中山道に出た。下り三車線、上り三車線の上を首都高が走る。すぐに信号が明滅を始め、横断歩道を走って渡るので、後からついていく俺とガキは車の川のこちら側に置いてきぼりだ。しかし幸いいにして、彼女はすぐ右のマンションの外階段を昇り始める。3階で階段から消えて、しばらくして5番目の部屋の電気が付いた。
こちら側。八神幸子のマンションの向かいは丁度、人気のないコンビニだった。従業員はワイヤレスでサーバに管理されるアンドロイドという分けだ。助手はすぐそばの自販機から買ったミネラルウォーターを取り出した。俺はタバコに火を点ける。スニークした状態で吸うと、持ったモノにまでは効果が及ぶのだが、煙は除外される。面白い景色になるだろう。そう思いながら煙を吸い込んだ。
<どうやらここで間違いないようね>
<ここに岡部さんがいると思うか?>
<居れば簡単ね。これから訪ねるつもり?>
<それもやぶさかじゃないんだが>
俺はレナからメールが届いていることを確認する。ちゃんとファイルが添付されており、返信で現在位置を知らせておく。
<ねぇ、階段を見て、スーツ姿の男が3人マンションに入ってくわ。先頭の1人は経堂にいたアノ男よ>
ガキが言うので向こう側を見る。あの細い目には見覚えがあった。確かに依頼人の家の前で道を聞いてきた青年だった。道を隔てているがこちらを見てほくそ笑んだように見えた。俺たちのことは見えないハズだが。つまりは、あの時から尾行されてた訳か。
<なるほど。まずいな、こりゃ>
<早く行って! こんなに急に動くとは思ってなかったわ>
意外と状況をつかんでいる。しかし関心している場合でもない。
<ここから動くな、あとスニークも解くなよ>
そう言い捨てて、俺は再び赤に変わろうとしている信号を横目に横断歩道を突っ切り、マンションへと向かった。
◇ ◇ ◇
私が見守る中、ロートルは6車線向こうのマンションに駆け込んで階段を走ってあがり、3階に消える。私は気が気ではない。
「貴方はスリルを求めてる。デザインされた子供たちに多いわ」
その声には聞き覚えがあった。右手に白衣の女性が立っていた。それは谷崎絵美、表参道で会ったカウンセラーだった。こちらを見て微笑んでる。私はこわごわと右手に向き直る。
「学校の勉強は退屈でしょう? 人は必ずしも自分が得意なことをするのに魅力を感じる訳じゃないもの。私達の仲間にならない? 探偵よりスリリングよ。宮村エリカさん」
背後から来た黒ネコが彼女にゆっくりと歩み寄る。その間に白に代わって茶トラになり、足にじゃれつく。
「驚かないのね」
「大抵の猫は、こんな猛暑日に、日差しの中を歩かないわ」
「そうね。分かってたのね。お利口さんね」
彼女は微笑む。視線が誤らずにこちらを見ている。インターフェイス以外の
<こっちに戻れない? かなりまずいわ>
<今は無理だ。手が離せん。そっちでなんとかしてくれ。終わるまで持ち堪えてくれ。なんなら逃げろ。スニークを解くなよ>
<もう関係なさそうだわ>
万事休す。無駄と思いながら炊きつけてみる。
「弟さんのところに行かなくていいの? ああ見えて、所長は強いわよ」
「太一さん、今頃苦戦してると思うわ。残りの二人はアンドロイドなの。だからたっぷり、貴方をかわいがってあげられるのよ」
「遠慮したいわね」
私はコンビニの中に入ろうとする。
「助けを求めても無駄よ。ここの防犯系統は今さっき、部下が無効化したわ」
背後から谷崎が言い放つ。振り返ると、さっき取ったはずの間合いが全くなくなっている。彼女の手が首に伸びて来て、私を宙づりにした。掴んでいたペットボトルが手から離れる。悪夢のようだと思った。
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