シーン10 カウンセラーの部屋

 俺たちは千代田線を戻り、乃木坂を過ぎて表参道で下車する。拡張現実アストラルのナビに従って、地下に根をはる複雑な通路を抜けて地上に出る。そこは華やかに大手ブランドの店が連なる。神宮前交差点に向かって下る坂道の途中だ。

 地面に合成された矢印をたどるガキの後について、路地に入る。その両脇にも若者向きの洒落た服屋や、雑貨屋、コンビニやコーヒーチェーンが並ぶ。そこを進むと四階建で敷地面積も軒をならべる店と変わらないビルがある。外観は銀色の小さなタイルがならび、採光部も広く、清潔そうで、近代的だ。一階は美容室のようだが、灯りは消えており、張り紙には、盆の間休業する旨が書き記されている。視界に合成された時計では17時。脇に階段があり、上ると二階に「表参道・カウンセリングルーム」と書かれた扉があった。


「それで、こちらに見えられたんですね」

 部屋に通された後、挨拶を交わし、彼女に今までの経緯を説明したが、俺ではなく助手に向かってそう答えた。白衣を着ており、艶のあるロングヘアーに、白磁のような肌。ブラウスに短くはない黒いタイトスカート。胸元にはカウンセラーという肩書きと、谷崎絵美というネームタグが拡張現実アストラルで合成されていた。これはオフィスや病院等では一般的な仕組みだ。回転椅子に深く腰をかけ足を組んでいる。俺とガキは、二人が座ってもまだ揺ったりとした二人がけのソファーに座っていた。静かな部屋、ニスが重ねられた木製の調度品。観葉植物が幾つか絶妙に配置してあり不思議と落ち着く。

 部屋とは対照的に理解不能なカウンセラー。話ている俺にすべき相槌のほとんどを助手に向かって行ったのだ。

<よくわかんないけど、私が話しを進めるわ>

<勝手にしろ>

「岡部さんは定年鬱の対策を相談に見えていたそうですが、何か悩まれていた様子ありますか」

 ガキの声に少し戸惑いが見える。

「特には、鬱という点では、お話を聞いてると少し傾向はあるかなと、随分真面目でいらっしゃったので」

「ここには月に何度ぐらいお見えになりました?」

「ご予約は月初めの火曜日です。4月から通われていて、5、6、7月と四度」

「では、8月はいらしてない?」

「ええ、ご予約は入っていたんですけれども」

 助手に満面の笑みを向ける。それからお愛想程度に俺を見てうなづき、顔を元に戻す。

「最後に来た7月に何か変わった様子はありませんでした?」

「急な変化はありませんでした」

「会社のことで、何か悩まれている様子はありませんでしたか?」

「定年鬱のことと、若い社員と話が合わないことでしょうか、失踪の理由にはなりそうにもないですね」

「ですよね。心当たりは他にはありませんか?」

 少し間を置くと、谷崎から切り出した。

「それよりエリカさんは私の職業どう思われます?」

「カウンセラーって素敵な職業ですよね、人の心の奥底を見透かしてるような神秘的な雰囲気で憧れます」

「それは良かった、探偵のご職業にもお役に立つと思いますよ、勉強してみる気ありません?」

「えー、私に出来ますか?」

「わかりやすい本を紹介しますわ」

「でも難しいんでしょ」

「分からない所はお教えしますよ、これ差し上げます」

 谷崎が立ち上がり名刺を差し出す。

「ありがとうございます」

 ガキが受け取る時、白衣の袖に玉を繋げたブレスレットが覗く。そして俺の嫌いな黄色い声を上げる。

「わぁ素敵なブレスレット。パワーストーンですね。ラピスラズリが2つに、ホワイトオニキス、カーネリアンであってます?」

「あら良くお分かりね、気に入ったのなら、差し上げたいけど、これは無理なの。弟とお揃いだから。ごめんなさいね」

「いえ、お構い無く、お好きなんですか、そのパワーストーン」

 何かを察して、話をそらすつもりだったのだろうが、助手のそれは徒労に終わった

「話の続きですけど、探偵社だけじゃなくて、うちでもしてみません? アルバイト」

 流石に職業柄、助手の年齢に気づいていたらしい。

「え、えっと、私ですか?」

 ぐいぐいと入り込んでくる谷崎に、流石に、たじろいだ様子だ。対応に困ったのか、こちらを非難するような目で見る。

「いいじゃないか、雇ってもらえよ。探偵業よりも向いてるかもしれん」

「学生さんなんでしょ。カウンセリング業も刺激的な仕事ですよ」

「どうして分かったんですか?」

「肌の艶も張りも違うもの」

 エリカを見つめて微笑む。その目に一瞬、艶っぽいものが宿る。

「それに、話し方、語の選び方。うちにも高校生のクライアントが来ることがあるの」

 俺も流石に不憫に思って、助け船を出すことにする。

「所で、八神幸子という女性をご存知たったりしませんか?」

 ちょっと気配が変わり、こんどは、ちゃんとこちらに向き直って答えた。

「ええ、岡部さんが、お付き合いなさってる女性ですよね」

「どんなお付き合いをされていたか、ご存知ですか?」

「一人旅ではなくて、不倫旅行とお考えですか?」

「いえ、まぁ、奥さんがその可能性を疑っているので、一応ですよ」

「抜き差しならない仲。だったらどうします」

「そうなんですか、それは知らなかった。奥さんの勘が当たったことになりますな」

「いえ、そういう関係になりたい気持ちをカウンセリングの途中でお認めになっただけですわ、詳しいことは何も」

 そこにガキが割って入った。

「それ、いつ頃の話ですか?」

「前回ですから、7月の第一火曜日です」

「じゃあ、そのあとで、そういう関係になって、今回の件に繋がってる可能性も有るってことですね」


 その後の会話からは、あまり収穫がなかった。谷崎は大半を助手に向かって話し、相槌を打った。「表参道・カウンセリングルーム」を出た俺たちは、原宿方面に歩いた。途中、レナに連絡をとり、幾つか調査を依頼する。

「あんたねぇ。ああいう時は助け舟ぐらい出しなさいよ」

 ガキも流石に居心地が悪かったらしい。ボヤキが出る。だが助け船は出してやったつもりだ。

「ふん、まだ雇った覚えはないぞ」

 俺は煙草を咥えようとしてやめた、ここは禁煙だ。また取り上げられちゃあ敵わない。そしてもういい時間だし、ここは原宿駅のすぐ傍だった。

「もう19時だ、家に帰りな」

「この賭け私の勝ちでいいのね」

「どうしてそうなる、明日でいいなら調査の続きに付き合わせてやる」

「嘘ね。この後行くんでしょ」

「どこに?」

江上吟こうじょうぎん

 俺はため息を付いた。誤魔化しは効かないらしい。酒が不味くなりそうだが仕方あるまい。

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