シーン9 親不孝な娘

 私の倍ほども背丈のあるロートルの後をついて大手町に戻る。右手で背中に吊るす背広が揺れる。前方を確認し難いったらない。西の日比谷通りはもう少し人通りがあるのかもしれないが、私達しかいない。オフィス街というものは、この時間帯は普段もこうなのだろうか。


 ロートルは時折、自然に私を振り返る。実際は尾行を気にしてるのだろう。その度々、先を歩く誰かをこの角度で見上げたことを思い出しそうになる。たげどそんなの子供の頃の話しだ。思い出したくなかった。

「尾行を気にしてる訳?」

「うん、ああ、まあな」

「分かってないわねぇ」

 後ろを見る目がさ迷い、止まる。私が振り替えると、目線の先にはオフィス街にありがちな、ビル一階のレストラン街への入り口だ。ピンと来た。

「トイレな分け!?」

「ああ、まぁ、そうだ」

「アンタ馬鹿ぁ? さっきの店で行っときなさいよ」

「中で待てば涼めるぞ」

「ふんいいわ、待ったげるわよ、誰かさんと違ってフェアが心情ですからね」


 私が言った嫌味を気にする余裕が無いのだろう。会話もそこそこに、ビルに入る。トイレを探して奥に入っていく。私は入口近くに有ったベンチに腰を下ろした。内部は涼しく、肌を這う汗が引いていく。

 右手を宙に浮かせると呼応して、視界の右上に現れたホームボタンをタップする。すると縦長のメニューが表示される。コンタクト・リストのアイコンの横に4と数字が書かれており、未確認のメッセージがあることが分かった。どれもクロエからのもの。タップして開くと彼女からのメッセージが表示される。ちょうど坂田と話してた頃に送られていた。


〔この前は、あんな風になったけど〕

〔クラブ・デビューやり直さない?〕

〔にゃはは〕

〔水曜日にやっぱり渋谷の今度はブルトンに行こうよ〕


 返信しようと入力欄にカーソルを合わせた時、人の気配があり、レストラン街の入口に目をやる。オフィス街には場違いな服装の四人組。辺りを見回してからアタシに目を止めて、互いに二、三、言葉を交わすと、まっすぐ歩いてくる。

 見覚えは無いが、夜のコアなクラブから出てきたような恰好だ。端の男は長身でサングラスをしたドレッド・ヘアだし、真ん中の男は腰履きのズボンにタンクトップで、ヤンキースのロゴの入った白い野球帽にピンバッジをいくつも止めている。右端の男は刈上げられたオレンジ色の髪で両腕ともタトゥーが手首から這い上がっている。今時だから拡張現実アストラルだろうけど。後ろからついてくる女もホットパンツにチューブトップ。首にはアダプタ適合機らしきチョーカーで、髪を金髪に染めている。まぁ、遊び慣れた雰囲気がハンパない。金曜の夜のこともある、あいつらは逆にモッズ系が入ったような服着てたわねと思い返しつつ、私は少し腰を浮かせた。


「よう、あんた、あの探偵の娘なんだろう」

 そう呼びかけて来たのは腰履き野郎だ。

「そう思うの?」

 私は立ち上がりながら、ロートルへ音声チャットを開く。

<早く戻って!>

<ちょっと待ってくれ、まだ無理だ、出るもんが出てない>

<いいから急いで!>

肝心な時に使えない。冷や汗が出る。

「俺たち、あんたのお父さんに用があるんだ。だから協力して欲しい」

「今はここにいないわよ、私の父さん」

「嘘言うなよ、さっきまで一緒に歩いてたじゃないか」

「つけてたのね?」

「用があるって言ったろう」

 横にいたタトゥーがゆっくりとナイフを出す。

「気をつけろよ、なんでも霊能者ミディアム級のハッカーらしいからな」

 腰履き野郎が大げさな身振りをしながら言った。

「押さえろヤツが戻る前にな」

 ドレッドがでかい伸長を持て余し気味にこちらに近づいてくる。

 私が少し構える。小学校のころ2年間だけ空手教室に通わされたけど続けてればよかったかもしれない。息が詰まる。

 構える時の手の動きを誤解したのか、開いたままのメニューから急にインベントリ・フォルダが飛び出し、そこに収められた銀色のインストーラーが選択されて明滅する。半透明とはいえ、こんな時に視界を塞いでほしくない。すぐさま消す。

 ドレッドが伸ばしてきた手を払い、ローキックを入れて、座っていたベンチに飛び乗り距離を測る。男たちの顔色が変わる。


 タトゥーが腰を落として構えて言う。

「聞いてないぜ、ハッカーだけど、腕力はからっきしじゃないのかよ」

「私だって知らないわよ、こいつらを雇ったパパがそう言ってただけなんだから」

 女の声が言う。

 躊躇してくれるのはありがたい、正直刃物を持ったのを含む、大人を三人なんて無理ゲーもいいところだ。このすきに私はベンチを飛び降り走り出した。


「待ちやがれ」

 背中で声がする。私は別の出口を求めて入口とは反対の方向に向かった。あっちに逃げればドアが開く間に捕まる。距離を取ってからじゃないと。扉は開けられない。


 2度、角を曲がり、出口を見つけて、自動ドアが開くのを待つ間振り返る。追いついてくる。開かない。表と内、2枚のドアの間に立て札があり、盆の期間中閉鎖してある旨書いてある。致命的だ。


「お前ら何やってる」

 無骨な声がする。振り返ると四人の前にロートルがデカい体にモノを言わせて仁王立ちに立ちふさがってる。続けて言う。

「お嬢さん、チンピラから助け出したら、その二日後にはまたグルになって悪さですかい、お父さんが泣きますよ」

「ふん、あんたには関係ないじゃない。みんなぁ、やっちゃってよ!!」

「お父上とは古い知り合いでしてね、そうも言ってられないんですよ」

 と言いながら頭をかく。

「おいジジィ、この前の晩は不意打ちを食らったが、今度は違うぜ」

「よし、手ごたえのある所を見せてもらおうか」

 よもやロートルの声に安堵することになるとは思わなかった。悔しいけど。四人組は豆腐みたいに片づけられた。

「次会った時は容赦しないわよ」

 男三人は互いに庇いながらその場を立ち去る。捨て台詞を吐いたのはその後を着いていく女だった。



「これで懲りたろう、探偵になるなんて言わずに、家に帰るんだな」

 子供に話しかけるような優しい声で言う。

「見くびらないで、あんな奴ら私一人でどうとでもなったわよ」

「じゃあ、どうして逃げてきた」

「暴力は無益よ、振るわないで済むなら振るわないほうがいい、そのために強くなるのよ」

 私は空手の師範が昔言ったことをそのまま答えた。ここで弱みを見せるわけには行かない。

「親不孝だとは思わないのかこんな危険なことに首を突っ込んで」

「全然、思わないわね」

「お前も相当頑固だな」

 ロートルがタバコを唇に挟み、ライターを探す。

「あんたほどじゃないわ。ここも禁煙よ」

 私はそう言って、咥えたタバコを取り上げた。

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