シーン7 大手町のカフェ

 悩ましい。ここのコーヒーチェーンのアイスはなかなか美味しいのだ。レジ・カウンター横の冷凍庫を覗き込む。

「8月のフレーバーまだ食べて無かったのよね」


 つい口にでる。辺りを見回して、禿がすでにコーヒーとサンドイッチを盆に乗せて席を探しに行ってるのを確認して、少し安心した。パッションマンゴー、サマーティラミス、ピンクレモネードどれも魅惑的だが、昼食にデザート付けたら鼻で笑われそうだ。そう思いながら、マンゴーに心が決まる。この夏休み食べすぎてる。拡張現実アストラルで貰おうかしら、味も舌触りも噛む感触もどうせ区別つかない。

 お盆のさなか、人の少ないオフィス街の店、客もまばらだ。禿の座るビルの中庭に面したガラスの外壁の席を見ると、ちらりと此方に目をやる。ふん、気にするもんか。注文すると口座から引き落とされて、残高が表示される。サーバに集中管理されるウェイトレスから、カフェオレとサンドイッチを物理フィジカルで、アイスを拡張現実アストラルで受け取って禿の座る席に向かう。

 ロートルと私は、ご主人の勤める、五菱重工のある大手町に来ていた。岡部さんの上司に合う為に。あと三十分でここに来る。それまでの間に遅い昼食を取ることになった。


 私は乃木坂から、ここに来るときは反対したのだ。

「バカっじゃない? そんな簡単にあんな会社の部長が会ってくれるワケ?」

 地下鉄の駅に降りる入り口の前で笑った。折角笑ってやったのに、禿は気にも止めず、空中のホームアイコンをタップしてメニューの中から電話を呼び出し、今調べたばかりの代表番号に電話をかけ始める。繋がると、大きな体を丸めて何度も頭を下げながら喋り出した。

「私、十一月に御社を退職する、岡部良也の兄で、岡部太一と申します、弟がお世話になっております。親戚一同で退職祝いをしてやることになりまして、サプライズで流す動画に、上司の方のお言葉を頂きたく思い、お電話させて頂いたしだいです」

 次に出たらしい相手にも同じ台詞を繰り返した。

「私、十一月に御社を退職する、岡部良也の…」

 さっきと同じように電話しながら頭を下げる。

「岡部良也の上司の、坂田さんでいらっしゃいますか、お世話になっております」

 相手が目的の人物であることが確認出来たらしい、口調が変わる。

「私、岡部さんの奥様に依頼されました、探偵の文月太一と言います。彼の失踪の件で調査に御協力願えませんか」

 そう言って、面会を取り付けた。電話の相手の声をシェアすれば私にも聞こえるのに、本当フェアじゃない。しかし流石に芸達者だ。

「さすが、ロートルね、論理的思考はからっきしでも、話芸は巧いわけね、関心するわ」

 私は思わず柄にもなく、つい称賛した。前半は愛嬌だ。誉め合って馴れ合うなんて気持ち悪い。少し絡んで行くぐらいがいいでしょうに。しかし鼻で笑うだけで、そっけない。つまらない男だと思った。禿からロートルに格上げしてやったのに。それから、私達はもう一度千代田線に乗り、大手町まで移動してきたわけだ。

 

 そんな成り行きで、今はコーヒーチェーンのガラスの外壁際に向かい合って座っている。熱い日差しの中を白いネコがすまし顔で歩いていく。少し離れた席のクール・ビズ姿の男が新聞越しに此方をちらりと見る。食事を終えてアイスを食べてるとき、ロートルは電話で交換したらしい坂田の名刺を机に置いて私にシェアした。二次複製コピーを許可されているらしく、手に取ると私のインベントリにコピーされる。社内での地位や所属する部署、電話の外に、簡単なプロフィールと顔写真。それらを確認してると、もう一枚、名刺をよこした。

「追加しろ」

 何がそんなに面白くないのか額に皺をよせている。こんな若くて可愛い少女といるんだから、いい加減、男ならもっと愛想よくしてもいいだろうに。しかもこれから、連絡先を交換しようと言うのだ。私に腹を立てているにしても、ポーカーフェイスも出来ずにこの職業を続けて来たのかと思うとおかしくて、笑える。

「ふん、何がそんなにおかしい」

 ちょっとだけ忠告することにした。

「アンタ、賭け事には弱そうね。どうせ、ゴツイ体にモノ言わせてやってきたんでしょ、もっとスマートに行きなさいよ」

 ますます眉間に皺がよる。会話に繋がると思って忠告ついでに、話題を振ってるのに、拾わないなんて、空気の読めないロートルだ。

 コンタクトの共有だけを目的としているのか、探偵社のロゴと文月太一とだけ、書かれただけの簡素なデザイン。呼び出したウィンドウに置くと、名刺がその感触ごと溶けて消え、一覧に氏名が表示される。こちらの様子を見てたようでタイミング良く音声チャットの申請が来るので許可する。

<ふん、追加したな>

 アダプタ適合機は口に出さない発話を意図した思考を判別して音声にする。この声は会話を共有する人間にだけ届き、物理的フィジカルには聴こえない。だから内緒話に打ってつけって訳だ。私も拡張現実アストラルで応える

<で、何なわけ。私の推理した内容は教えないわよ>

<念のためだ>

<念のためって何よ>

<このあとでお前が襲われたり、人質に取られないとも限らん、そんな時、これがあると無いとでは違うからな>

<心配無いわよ>

<お前の推理ってわけか?>

<ええ>

<浮気じゃない、その点は一致してたな>

<そうね、千歳空港までのチケットの購入、その後、今日までの支払いは全部、三食を一人分。愛人と旅行な訳がないわ>

 問題ないだろうと思った部分だけ話して様子を見る。

<浮気ではなく、行方知れず。トラブルじゃ無ければ何だ?>

 話の流れの都合上、私の推理を口にしようかと魔が差した時、背の低い気の弱そうな痩せた男が、汗を拭きながら、カフェの入り口に現れた。

<坂田が来たわ>

 そう言って推理した内容を漏らすことなく、話を打ち切った。危ない危ない。私はアイスの残りを急いで口に入れた。

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