シーン5 依頼人
私達を出迎えたのは、
「祐子さん、お連れしました」
依頼主らしい初老のご婦人が立っており、少年は泡になって消えるという綺麗なエフェクトで姿を隠した。家族構成は事前に聞かされていない。賭けであるんだから、フェアじゃない。だがこの家の主婦で間違いないだろう。
「はじめまして、文月探偵社、所長の文月太一です」
図体のデカイ禿頭が、背中を丸めて名刺を差し出す。動き自体が角張っていて無骨極まりない。しかも十分に余裕があるのに仕草が窮屈そうだ。依頼主は両手で、受けとり少し眺めてから、インベントリに閉まっようだ。だが所長は一向に私を紹介しない。ハイハイどうせこういうことでしょと、自分で名乗る「助手のエリカです」
「どうぞお座りください」裕子さんはそう言ってソファーを勧める、私は禿に続いて隣に座る。キッチンから取って戻った麦茶を私たちの前に並べて腰かける。話し出しずらそうに言葉を選ぶ依頼主を見かねて、神妙な顔で所長が口を開く。
「えー、この度は」
それを遮り、私は被せて切り出した。
「この度は、当探偵社にご依頼下さってありがとうございます、調査内容を改めて詳しく、お聞きしたいのですが、よろしいですか?」
隣から睨まれた気もするが気にしないことにする。ちょっと間があってから、
「はい、わかりましたご説明します」と依頼主の口も滑り出す。
依頼内容を全く聞いてないことなどあり得ない。当然だ。禿が横に座っていてどんな表情をしてるかわからないが、想像すると面白い。
「こちらを御覧いただけますか?」
依頼主は、共有の操作を施してから静かに一枚の紙片を机の上に置いてこちらに差し出した。定年を控えて、ゆっくり自分を見つめ直す時間が欲しくなった、必ず帰るから探す必要はない。という内容だけ書かれていた。
「旦那さんは」と口を開きかけた禿を再び遮る
「ご主人の筆跡に間違いないですか」
「ええ多分、間違いないと思います」
「普段から手書きされてたんですか」
「ええ、仕事ではどうか知りませんが、私用で親戚や友人に手紙を出すときは必ず手書きしていました」
もう一度、眺める。義務教育中のノートは手書きさせられることもあり、
隣から殺気に似た気配を感じる。そりゃそうか。
「所長どう思われます?」
笑顔に敬語で紙片を渡して機嫌をとる。
「それとこれを」
なんの迷いもなく、奥さんは私に二枚の紙を渡してくる。一方はクレジットの明細書、最後の利用は昨日だ。もう一方は航空会社からの請求書。どちらも千歳空港までのチケットを買ったところにマーカーが引かれている。先々週の土曜日の日付だ。それを確認して所長に手渡す。
奥さんはため息をついてから、左を向く。窓の先にある庭を見ているのだろう。
「私、あの人が浮気してるならそれは、それで構わないんです、二人で子供も育てて、二十年近く働いてくれて、そりゃ定年前に若い子と羽伸ばしたくなりますよね。私もうおばあちゃんだもの」苦笑いする。
「それで、ご主人の浮気現場を押さえたいんですね」私が尋ねる。
「いえ、相手の方の事が知りたいんです、どんな方で、どんな生活をしてて、しゃべり方をして、どこにあの人が魅かれたのか」
私には理解できない気持ちだった。言葉を探しながら呼びかけた。
「奥さん…」
それを、所長が遮って尋ねた。
「この書き置き見つけたのたは、土曜日の朝ですか?」
目を丸くした奥さんに続けて問う。
「もう一つ、ご主人の他のクレジットは使用されていませんね?」
「はい、どちらもその通りです、間違いありません」
依頼人と私が見つめる中、今もまだ、考えを巡らせている様子で
「奥さん、ご主人は浮気されてるわけではないと思います」
禿ははっきりとした口調でそう言った。
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