6-4. 交渉の結果(2)

          *

 つどった五班がきっちりと整列した様は見ものだ。ユウキは何故か、そんな整列した遊離隊員たちの前、スイセイの隣に立たされていた。そこにはもう二人並んでいるが、それでも目立つことこの上ない。居心地の悪さについ身じろぎをしてしまう。

 そのユウキたちの正面では、遊離隊同様、特殊能力部隊の面々も、向かい合う形で整列していた。前に出ているのは直前までスイセイと話していた男性だけだ。男性はユウキの予想した通り、特殊能力部隊の隊長だと名乗った。

「遊離隊長のスイセイだ。で、この二人がそっちの部隊につく班の班長」

「三班のカゲツです」

「七班のアガツです。何か気になることがありましたら我々に一報を」

 二人は慣れた様子で簡潔に自己紹介した。スイセイは更に続ける。

「ま、移動時の護衛とか連絡係だと思ってくれりゃあいい。それからこっち。こいつはお前たちと同じ風捕りで――」

 スイセイがユウキに名乗るよう目でうながす。そのスイセイの動きにつられて一斉に視線が動いた。そしてその視線がユウキを捕らえた瞬間、彼らの表情が一様にいぶかしげなものに変化する。

 何を思ったかなど考えるまでもない。ユウキの存在が場違いだと感じたのだろう。

「……初めまして。ユウキと言いま――」

 途中で、視線がある一点へと吸い寄せられた。

 皆が皆、同じような反応をしているだけに、他とは違う反応をした者たちは目立つ。ユウキの視線の先には、四人の女性たちがいた。

 その中の三人。びくりと肩を揺らした女性たちの顔には、驚き、そして怯えが浮かんでいる。

 何故、と思った瞬間、ユウキの脳裏に過去の光景がフラッシュバックした。

『悪魔! 呪いの子!』

『殺せばいいのよ!』

『殺せ!』

『殺せ!!』

 怒涛どとうのように押し寄せられる呪詛の言葉。それはユウキにとって唯一となる里の記憶だった。

 そのときユウキと母を取り囲んでいた女性たち。以前にこの光景を思い出したときにはぼやけてわからなかった女性たちの顔が、今、明瞭に見えていた。

 ユウキをうとい、母を責める女性たち。彼女たちこそ、今ここにいる三人だった。

「あ……あ、あぁ……」

 ずるりと足元で地面をする音がする。それを他人事のように聞きながら、ユウキは混乱の最中さなかにいた。無意識に引かれた足こそ、ユウキの心情を最も的確に表している。けれどユウキにその自覚はない。

 そんなユウキの背をスイセイがぐっと押した。ユウキは元の位置に、そして更に一歩前へと押し出される。

「逃げんな」

 スイセイがそっと耳元で囁き離れていく。

 どこまでスイセイは気づいたのだろうか。わからないがどうやらこの場で決着をつけさせようとしているようだ。

 けど無茶だ。人の思い込みがそう簡単に変わるはずなかった。

「スイセ――」

「ショウたちの努力まで無駄にする気か?」

 ユウキははっとした。

 スイセイがこれからしようとしていることをユウキは知らない。けれど、彼女たちの力が必要だろうことは、これまでの言動からも想像にかたくなかった。せっかく得られた協力体制を、ここでユウキが壊すわけにはいかない。

 何のためにここまで来たのだ、と自分を叱咤しったする。

 戦争を止めるため。風捕りたちを救うため。立場を改善するため。そして、ショウとリョッカとを再会させるため――それらのために来たのではなかったか。

 もしここで反撃できなければ、戦争は止められない。そうなれば、ナダが次にどんな手段を取るかわかったものではなかった。

 ナダにとって風捕りは戦争の抑止力となる兵器だったが、抑止力にならないとなれば、むしろ生存されていては困る邪魔な存在だ。すぐにでも死なせようと画策するだろう。

 もしこれをきっかけに風捕りを死なせてしまったら、もうショウに顔向けできなくなってしまう。

 ショウはユウキと風捕りのために、ずっと動いてくれていた。たくさんの迷惑もかけてきた。けれど、ここで逃げることはもはや迷惑ですらない。ショウのこれまでの厚意を無下むげにする――裏切りだ。

 ユウキは覚悟を決め、更に数歩、女性たちへと近づいた。これで彼女たちとの距離は二メートルほど。互いの表情が先程より更にはっきりと見える距離になった。

 そこからユウキは、彼女たちにではなく全体に向けて言葉を発する。

「すでに私を見知っている方もいるようですが――私はハヤテとチョサの娘で、ユウキと言います」

 驚いた顔をしたのが半分。そんな仲間を見て首を傾げたのがまた半分。

 前者は両親の名前を知っていた人たちかもしれない。ユウキが生まれたことを知らなかったのであれば驚きもするだろう。

「嘘よ! 生きてるはずないわ!」

「やっぱり悪魔よ! みんな騙されちゃ駄目」

「あれだけのことをして……飽き足りなかったの? 今度は何をするつもり?」

「もう嫌よ、嫌! 本当に……さっさと死んでちょうだい!」

 興奮した様子の三人が代わる代わる拒絶の言葉を投げつける。ユウキは無性に悲しくなった。

 予想はできていたが、本当に謝罪も何もするつもりはないらしい。それどころか、彼女たちは十二年前から何一つとして変わっていなかった。

「姉さん、ちょっと……。いくらなんでもそれは」

「あなたは黙ってなさい! 何も知らないんだから」

 見かねて口を挟んだのは、その女性の弟らしき男性。けれどその男性もすぐ、女性の気迫にされ押し黙ってしまう。

「あなたたちは軍に守られていたからいいわよね。実際に目の当たりになんてしてないでしょ。だからわからないのよ。この娘がどんなに邪悪か、どこから風捕りの不幸が始まったのか」

「戦争のせいなんかじゃないわ。この子のせいよ! この子が生まれたから、私たちはこんな目にっ!」

 暗くよどんだ眼差しがユウキを捉える。憎しみで顔は酷く歪められ、上気した顔は赤黒く染まっていた。

 ユウキは彼女たちと再会させたスイセイを恨んだ。この状況で一体どうしろというのだろうか。

 スイセイといえどもこの事態は予想していなかったに違いない。けれど、あの一瞬でユウキと彼女たちとの間にある確執を察してみせたスイセイだ。真っ向から戦わせるのではなく、別の手段を用いて確執を取り除くこともできたのではないだろうか。

 ユウキは小さくため息をついて、そんな思考を振り払う――が、その瞬間、膨れ上がった怒りの気配にユウキは焦りを覚えた。

 ――まずい。

 ユウキのため息の意味を、女性たちが勘違いしている。

「馬鹿にしないで!」

 女性たちのぎらぎらとした眼差しに身の危険を感じた。掴みかかられるか、それとも以前のように飛ばされてしまうのか。

「いい加減、死になさ――」

 ユウキが危機感を覚えたそのとき、突然、誰かがユウキと女性たちとの間に割って入った。

 ユウキは驚いてその人物を見る。

「ちょっと失礼するわね。何があったかは知らないけれど、いつまでも恨み言を言っていても何も変わらないと思うわ。まずは暴言を取り消しなさい。それと言いたいことがあるなら冷静に、よ。今のあなたたちは、ただ勝手にわめいているようにしか見えないわ」

 唯一平静を保っていた女性がさらりと言った。

 そして途端に口をつぐんだ女性たちを見て、スイセイがひゅうと口笛を鳴らす。一見すると、物腰が柔らかいだけ女性だが、そこには見えない気迫があった。

「――態度が改められないならそう言え。上官として命じてやる」

 続けたのは特殊能力部隊の隊長。ごつく彫りの深い顔を顰めたその表情からは、半端ない迫力がかもし出されている。

 ――味方がいる。

 ふいにそんな事実に気づかされ、ユウキは胸が温かくなった。いつだってユウキの周りには助けてくれる人がいる。それがとても心強かった。

 ふと、ポロボの真実を話してみようか、と思った。今なら少しは聞いて貰えるかもしれない。もし駄目だったとしても、ここには他にも大勢の風捕りがいるのたから、話して無駄になることはないだろう。

「あの――」

「わ、私たちは悪くないわ!」

 三人のうちの一人が焦ったように声をあげ、ユウキの言葉を遮った。

「か、風捕りに不幸を運んできたこの娘がいけないのよ」

 心の底から信じているとわかる声だった。それでユウキはようやく、問題の本質に気づく。

 これはある種の刷り込みだ。古くからある俗信ぞくしん、彼女たちはそれを盲信的に信じているようだった。

 近年、それら多くは迷信だと言われるようになってきたが、俗信を信じ続けている人はまだまだ多い。特に里の女性たちは外部との接触が少ない分、信じる傾向が強かった。

 その要因として、女性は出産の神秘を間近に見ていることで、不思議やわからないといった状況に対して耐性があるということ、また、命の危険が多い出産時に俗信の恩恵にあやかってきたことなどがある。

 例えば、軽い運動をすると安産になるだとか、氷を食べると子が流れやすくなるだとか。女性たちにとっては原理などわからずとも、無事に出産できればいいのだから、こういった俗信の通り行動することに躊躇いはなかった。

 同じように、吉凶を占うような俗信に関しても一途いちずに信じているのだろう。

 ユウキの誕生時も、何か悪い予兆とみなされる事象があったのかもしれない。それはそのときの天候だったかもしれないし、あざの位置だったかもしれない。はたまた、ほくろの数だったかもしれなかった。

 おそらく、ただ風捕り狩りと同時期に生まれたというだけでは、このようなことにはなっていなかっただろう。

「おばばだって――この子が災いの渦中にいるって言ってたもの。そんな子をどうして仲間だと思えるの? わかるでしょ。この子は生まれてはいけない子だったの」

 女性の口調が落ち着いた分、余計に内容の酷さが際立った。気を抜けば、もしかしたら本当に自分のせいで、と思いそうにさえなった。

 けれどユウキは知っている。いわれのない罪を認めたところで、決して解決には至らないのだということを。

 かつて風捕りはそうやって罪を受け入れた。けれどその結果は、余計に風捕り狩りをエスカレートさせただけだった。あのとき、風捕りのせいでないと信じて戦う者が大勢いたら、結果はまた違っていただろうと思う。実際には難しかっただろうけれど。

「この娘が生まれたから、父さんたちは処刑されて、風捕り狩りなんてことが起ったのよ」

「だから、この娘は生きてちゃいけないの。生きてたら、また――」

 彼女たちの言葉は事実無根だ。けれど、そうわかっていてもユウキの心は小さな傷を増やしていった。

 死ぬわけにはいかない。けれど、距離を取るくらいなら可能ではないか、そんな後ろ向きな思考が徐々にユウキを支配していく。

「いい加減にしろ! そんなくだらないことで時間を浪費するな」

 一喝したのは年長の風捕りの男性。

 ユウキに差し伸べられた救いの手なのだろうとは思う。けれどユウキは逆に焦った。

 多分、男の人にはわからない。ユウキならわかるとは言わないが、おそらくこの男の人では余計に火に油を注ぐだけだ。それだけははっきりと感じた。

 どうすればいいだろうか。今、このまま放置したら、大きな揉め事となり、きっと遺恨いこんを残すことになってしまう。

 そし焦ったユウキは無策のまま口を開き――。

「――命の手、ここにあり」

 ふっとそんな言葉が口をついた。

 それはショウが調べてくれた風捕りに関する情報の中にあったものだ。風捕りの手は命の手で、命を救う尊い手だとずっと言われてきたのだという。

 風捕りは多くは医師の補佐役として働き、目立たないながらも目覚ましい効果を発揮していたらしい。ゆえに医師からの信頼は厚く、大規模だった風捕り狩りの際も、その魔の手から逃れられるよう手助けして貰うことができたのだ。

 そんな風捕りであるから、自らの仕事には確かな誇りがあったはずだ。この力は人を救うためのものであるという誇り。それがなければ、風捕りを守ろうとする者など現れなかっただろうから。

「そう言われた尊い手で、あなたは私を殺すの? 殺していいの?」

 女性たちが息を飲んだ。その瞳が迷いに揺れる。

 だが、すぐにその瞳から光は失われてしまった。

「――今さらよ。だって私たちの手は、」

「里の人を守ったんでしょ?」

 特殊能力部隊の風捕りたちは、多くの国民の命と仲間の命を奪ってきている。今さらだと言いたくなる気持ちもわからないわけではなかった。

 けれど、それだって誰かを守りたいという想いがあったからこそだ。

「里の人たちはまだ生きてる。けど、私を殺して守れる命って、どこにあるの? 私が生まれて来なければ、本当に風捕り狩りは起こらなかったの?」

「どこまで知って……」

 ユウキが不用意に風の実を使ったせいで戦争が再開されたと考えれば、確かにユウキが不幸を呼んだと言えるかもしれない。

 けれど、だからこそユウキは今ここにいる。その責任を取ることも含め、ここにやってきた。それを彼女たちに邪魔されるわけにはいかない。

「スイセイ。この戦争、止められるんだよね?」

「あぁ。自己流でしか力の使い方を学んでこなかった誰かさんの力は、ここにいる誰よりも強いからな。弱くとも複雑な力の使い方を知ってるそいつらの協力を得られれば、間違いなくこの戦争は止められるだろうよ」

 スイセイが力強く頷いた。

「聞いたよね? 私はあなたたちがどう思おうと構わない。でも、今、ここでその力を使わないなんてことは、私に協力しないなんてことは許さない」

 熱く吐き出される言葉に反して頭の中は冷静で、ユウキは我がことながら傲慢ごうまん過ぎる言い方だと内心思わず苦笑する。

「私たちがシュセンを救うの。戦争を止めさせて平和にするの。そのために――そのために私たちのこの手はあるんでしょ」

 穴が開きそうなほどの視線にさらされながら、ユウキは断言する。

 周囲の静寂が異様に存在感を増した。女性たちは身じろぎ一つせずユウキを睨んでいる。けれど、その視線もしばらくするとわずかにやわらいだ。彼女たちの身体から徐々に強張こわばりが取れていく。

「協力してくれる?」

「――いいわ」

 和解とは言えないかもしれない。けれど、今はこれで十分だった。

 彼女たちはきっと考えるだろう。ユウキを排除すれば、本当に風捕りの不幸はなくなるのだろうか、と。

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