6-4. 交渉の結果(1)

          *

 トーツ軍による奇襲攻撃という窮地きゅうちを脱したあとも、ユウキたちは移動を続けていた。トーツ軍の追撃を避けるため、移動は今も見通しの悪い山の中だ。

「――嵐を、呼ぶ?」

 移動中の、水分を補給するためだけに設けられた小休憩。そこでスイセイが先日言っていた『風捕りらしい報復』とやらについてポロリとこぼす。

「あぁ。ここまでの戦いでシュセンは風捕りを出さなかったからな。トーツもその能力が本当に脅威になるのか疑い始めてる。その油断というか迷いというかを突く」

「ううん、そういうことじゃなくて、どうやって?」

 行軍を停止していてもスイセイの視線はずっと先を見据えたままだ。スイセイの言葉だけがユウキに向けられ、手は腰にくくりつけている巾着へと伸びている。

「俺だってお前が使者に出てる間、遊んでたわけじゃねぇっつーの。――ほら、お前も」

 巾着から出てきたのは茶色い砂糖片。ユウキは大人しく受け取りそれを口に放り込む。それで思い出して、シュセンを出るときから持たされていた塩も舐めた。夜になれば固形物も口にできるが、それまではこうやってしのぐのだという。

 なんだかんだいって前線の陣に着くまでは、そこそこまともな食事をしていただけに、急に突きつけられた戦場らしい行軍に、ユウキは身体も気持ちも置いて行かれ気味だった。

 スイセイが砂糖片を差し出さなければ塩の存在を忘れていただろう。そのせいで戦闘中に倒れでもしたら目も当てられない。同行している遊離隊員たちの目に、この危機感のなさがどう映っているのかユウキは少し心配になった。

 再び水筒に口をつけ、気を引き締め直す。そして話を再開させようとしたところで時間切れとなった。

 スイセイがひらりと馬にまたがり、続けてひょいとユウキを引き上げる。ユウキは遊離隊員たちの馬に順繰りに乗せてもらっており、今回はスイセイの馬に同乗する番だった。

 ならば馬上で続きを話せばいいのではないかと思うところだが、そううまくは行かない。移動はそこまで速いというわけではないが、足場の悪い山中である上に、馬に慣れていないユウキでは馬上で会話は不可能だった。

「隊列は――いいな。よし、出発」

 スイセイが出発の号令をかけた。

 ユウキにとってはまたしばらく身体的にきつい時間が始まる。ぐっとお腹に力を入れて、ユウキは与えられる衝撃に覚悟した。

 ユウキを気遣ってか多めに設けられた小休憩は、毎回こんな感じだった。スイセイとの会話はいつも途切れ途切れで要領を得ない。それでも会話を続けているうちに、多少だがわかったこともあった。

 スイセイは何らかの方法で嵐を呼び、トーツに風捕りの恐怖を思い出させることで、仮とはいえ、使者との約定を反故にした報復を成そうとしているということ。そしてこの作戦を決行するために、他の部隊が退却した先とは別の場所に向かっている、ということだ。


「ここだ」

 丸二日馬を走らせ、たどり着いた先。そこには先客がいた。

 先行していた遊離隊員の他に、黄土色の制服を身に着けた人たちが目に入る。その制服からシュセン軍の一部隊なのだろうとわかるが、そこには見覚えのない人しかいなかった。

 しかも人数は十五人ほどと少ないにもかかわらず、女性が混ざっている。

 そして、さらにユウキの目を引いたのは、一部、いや大半の人が行っている不思議な挙動。彼らは到着したユウキたちの存在に気づきもせず、一心不乱にそれを続けていた。

 その、なんとなく覚えのある動作に、ユウキは息をのんだ。

「スイセイ、もしかして」

「そ。特殊能力部隊だ。変な動きをしてるやつらが風捕りだな」

 不思議な挙動をしているのは、男性が七人、女性が四人。目を凝らせば上空の風が動いているのがわかる。初めは風の実を作っているのだと思ったが、もしかしたら違うかもしれない。だが――。

「風捕り……」

 正直、ユウキはそれを気にするどころではなかった。

 半ば強制的に馬から降ろされ、がくがくとした足で何とか地面に立つ。彼らに駆け寄れないのは、きっとこの疲れた足のせいだけではないだろう。

 そんなユウキの動揺など気にも留めず、スイセイはすたすたと彼らのほうへと歩いていった。すでに到着に気づいていた風捕りでない隊員たちが、すぐさま敬礼をして迎える。そして、そのうちの一人、いかつい顔をした男性がが一歩進み出て歓迎の口上を述べた。

「お待ちしておりました。無事の到着、お慶び申し上げます」

「話は伝令から聞いてるな?」

「はっ。現在は九割ほどが完了。夕刻までには全ての準備が整います」

 おそらくこの特殊能力部隊を任されている隊長だろう。まだ動けないユウキは、会話する二人を離れた場所からじっと見ていた。

 心に湧き上がるのは複雑な思い。風捕りの生存が確認できて嬉しいはずなのに、ユウキの心を最も占めているのは戸惑いの感情だった。

 ユウキは自分が風捕りと再会するのは全てが終わってからだと思っていた。戦争を止め、ショウたちと再会し、それから風捕りに対する誤解を徐々に解いていって、そのあとのことだと思っていた。

 とてもではないが心の準備などできていない。ユウキは里にいた頃の記憶を少しだけ思い出してしまっていた。

 幼い頃の、自分が忌み子であったという記憶。それがユウキを臆病にしている。素直に風捕りの生存を喜ぶには、その記憶が邪魔をしていた。

 やがて、話を終えたらしいスイセイが振り返る。その目が一瞬細められ、ユウキの心臓は跳ねた。素直に喜べない自分の心をスイセイに見透かされた気がした。

 遠くで特殊能力部隊の隊長が集合をかけている。その声を聞きながら、ユウキはスイセイから視線を外せずにいた。何を言われるだろうかと心が怯える。

「こっちも集合だ。――ユウキ、お前も」

 スイセイは余計なことは何も言わず、ただ集合をかけた。名指しで呼ばれてしまっては仕方ないと、ユウキもおずおずと足を踏み出す。けれど、踏んだ地面からはまるで感触が感じられなかった。

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