6-4. 交渉の結果(3)

          *

「ここ?」

 地図の一点をしたスイセイの指を見ながらユウキは尋ね返す。

「って言われても……ごめん、スイセイ。地図だけだとよくわからない」

「ん? そうか? じゃあ――まずメロアの町がここ。で、シュセン軍を追い返そうとしてるトーツ軍がここ。その間にあるのは平原だな。こういう位置関係のときにゃ、町での防衛戦ってのが定石じょうせきっちゃ定石なんだが……あえてここは打って出てもらうことにした。だから狙うのはここ」

 再びスイセイが最初に指した場所――両軍の間にある平原に指を置いた。

 メロアの町は撤退したシュセン軍が駐留している町だ。そのほぼ真南にトーツ軍は陣を敷いていた。間に平原を挟むことになったのはトーツの警戒心の表れか。

「敵と味方がぶつかり合ったところに嵐をぶつけるってことなんだよね? でもそれだと味方も巻き込まれるんじゃない?」

「あっちにゃ里の風捕りもつけてるし、ちょっとした仕掛けもほどこしてもらうことになってるから問題ねぇよ」

 さすがと言うべきか、スイセイはきっちりそこまで考えていた。

 今、ユウキたちは森の端に張った天幕で、スイセイが立てた作戦についての説明を受けていた。この場には、他に特殊能力部隊の隊長と風捕りの男性が二人いる。彼らもやるべきことの指示こそ受けていたが、詳しい計画は聞かされていなかったらしく、真剣な表情で耳を傾けていた。

 風捕りらしい報復を、と言ったスイセイが立てたのは嵐を用いた作戦。嵐でトーツ軍をひるませ、怖気おじけづかせようというものだった。

 スイセイいわく、今、この辺りでは雨雲が発達中らしい。この雨雲が嵐になってくれる保証などない上に、夕立の多い夏とは違い、その発達速度は非常に遅い。嵐どころか、雨を降らすまでにも相当な時間がかかるだろうことが予想されているにもかかわらず、スイセイは自信満々だった。

「要は嵐っぽくなりゃいいんだって」

 スイセイは風捕りの力で雨雲を発達させて雨を降らせ、風を吹かせれば嵐のように見えるだろうと言った。

「なら雨が降ってきたら強風を吹かせればいいってこと? でもあんまりたくさんの風を吹かせるとか、上空の高いところの風を引っ張ってくるとかはちょっと厳しいと思うんだけど」

「それもだが、どっちかっつーと雨雲を育てる方がメインだな」

 ユウキは胡乱うろんげにスイセイを見た。嵐は呼べないと伝えていたはずだ。雨雲だってそう変わりはない。風捕りにできることなど限られている。

「んな顔すんなよ。それこそ、風捕りに伝えられてる技が役に立つ」

「え……?」

 驚いて同席している風捕りの男性へと視線を向ければ、男性は真顔で頷いた。

「確実に雨を降らせられる方法として伝わっていたわけではないが、スイセイ殿が持ってきてくれた情報のおかげで、実現させるために必要な条件がわかった。今回、その条件はそろってる。だから可能だ」

 古くから風捕りに伝えられてきた手法だという。だが、それはあまりにも不確かな手法で、数十回に一回成功すればいい方だと言われていた。

 それにスイセイが助言をした。そして、成功すると確信を抱けるまでになったのだ。

「まず雨雲があることが前提となる。雨を降らせるというより、早める手段だと思うといいだろう。あとは地形によってやり方を変える必要があるらしい。今回はそこの山を利用する。実際に風捕りの力を用いる部分で重要となってくるのは水蒸気と空気の温度。そこは調整した風の実を使うことで対処する」

「調整した風の実?」

「風の実はそこにある風を捕らえ、閉じ込めるだけのものではない。当然、準備は必要だが、香りづけをしたり、不純物を取り除いたり――温度や水分量を調整することもできる」

 ユウキは愕然とした。そんなことができるなど想像したこともなかった。

「必要とされる風の実はもう用意できてるが、最終的にそれを誰かがたばねねばならない。その役をあなたに担ってもらいたい」

「それは――」

「必要な風の量が多いから、強い力を持つ者でなくてはならない。それに今ある雨雲を吹き飛ばすのもまずいから、操風そうふうの技術も必要だ。こればかりは複数人で分担するわけにはいかない」

 思いのほか重要な役割だったことを知りユウキは唾を飲んだ。こんな重要な役目を、一番経験の浅いユウキに任せていいのかと不安に思う。けれど、それだけ強い力を欲しているということだろう。

 風捕りの中で力が強かった者たちは戦場で命を奪われてしまった。そのせいで、足る力を持つ者がユウキしかいなくなってしまったのだ。

「――ってことだ。決行日までに上手く操れるようになってくれりゃあいい」

「決行日まで……。その日は――もう決まってるの?」

「あぁ、明後日の明け時だ。移動に一日近くかかるから明日の昼過ぎには出るぞ」

「スイセイ!!」

 ユウキは批難の声を上げる。いくらなんでも時間がなさ過ぎた。

 今日とてすでに正午は過ぎている。まだまだ日の短いこの時期、日没までに残された時間は少ない。夜は夜で、分厚い雲が覆う空には月も出ないだろうこと思えば、夜間練習ができるとも思えなかった。

「もうメロアの本隊にも連絡しちまったからな。諦めて頑張れ」

 ユウキは肩を落とす。相変わらず、スイセイの要求は無茶苦茶だった。

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